今や世界の常識と言える「都市マラソン」。名だたる都市には必ずマラソン大会がある。ロンドン、ボストン、ニューヨーク(NY)、パリ、ベルリン……数えだしたらきりがない。それは国内でも同様で東京はもちろん、この数年で大阪、神戸、京都と増えてきた。まるで、マラソン開催が、文化的な都市としての証明であるかのようだ。まあ、ランナーとしては嬉しい限りだが。
 一方、同じように世界的にも愛好者が多い自転車はそうもいかないようで、都会で大きな自転車イベントが開催されている例はあまりない。知る限りではヨハネスブルグの「Momentum 94.7 Cycle Challenge」とNYの「Five Boro Bike Tour」くらいだ。しかし、どちらも3万人という参加者を集めるビッグイベントで規模の大きさが半端ではない。ランナーでも3万人となると、コントロールが大変なのは東京マラソンを見た方ならお判りだろう。それを自転車でやるわけだから想像もつかない。そのNYの「Five Boro」に今年初参加をできることになり、自転車好きとしてはもちろんだが、イベント関係に携わる者として興味津々で走ってきた。
(写真:スタート地点は人、ひと、ヒト!)
 コースの下見に行ってまず驚かされたのが、その道の使い方だ。マンハッタンのど真ん中をスタートし、そのままセントラルパークへ。その後はブロンクス、クイーンズ、ブルックリン、スタテンアイランドと5つのエリアを走るのだが、すべて大きな幹線道路を使っている。この手のスポーツイベントは一般交通との調整が難しいため、できる限り影響の少ない脇道を使うのが通常だが、ここまですべて幹線を通るのは珍しい。また、出場台数が多いので、その占有時間も長く、日本では考えられない使われ方なのだ。大きな道を自転車で占有し、道の真ん中を走れるのは爽快だが、イベントオーガナイザーという職業柄ちょっと心配になってしまったくらい。
(写真:マンハッタンの街中を走り抜ける)

 なにしろ3万台を超える自転車がスタートをし終えるだけで1時間以上はゆうにかかるのである。しかし参加者も幹線道路を占有して走れることには大いに魅力を感じているようで、イベントについて聞くと、コースの素晴らしさに関するコメントが多い。また、普段は車でしか走れないような橋を自転車で渡れるのもNYっ子にとって魅力的なのだろう。ちなみに、昨年はエントリーサイトにアクセスが集中し過ぎでサーバーがダウンしたので、今年からは抽選になった。ローカルにとっては簡単に出られないほどの人気ぶりなのだ。

 しかし、いくら自転車熱が高い都市とはいえ、どうしてここまでのことができるのか?
 実は、ただのイベント業者が行っているものではないというところにポイントがある。この大会を主催している「Bike New York」は自転車の社会的な利用促進のために普段から積極的にNYで活動している団体。子供たちへの自転車教室、走り方のマナー作り、サイクリングマップの作成などを行う一方で、行政と協力して、街中のバイクレーンの整備などを行っている。NYでバイクが走りやすいのも、この人たちの尽力が大きいというわけだ。
(写真:橋を渡って次の地区に)

 実は数年前にセントラルパークで「スポーツバイクが飛ばすので危ない」と問題になったことがあった。そのうちに警察までが乗り出し、実際に走っている自転車に対して反則キップを切ったほどだ。ここまでは日本でも聞いたような話だが、ここからが素晴らしい。そこで「Bike New York」が中心となってサイクリストの署名を集め、警察と交渉して「朝8時までは大目に見る」という“了解”を得たのである。そのため、早朝にセントラルパークに行くとかなりのサイクリストがトレーニングに励んでいるが、お昼に行くとちらほらしかいない。最初は「ニューヨーカーは朝型なんだ」と感心していたが、理由はそれだけではなかったようだ。これによってNY在住サイクリストは貴重な練習場所を確保することができたというわけである。この団体の果たしている役割は実に大きく、すべてのサイクリストから寄付を集めてもいいのではないかとさえ個人的に思うくらいだ。そして、通常からこんな社会的な役割を果たしている団体だからこそ、行政も彼らが主催する大会に対して協力的になっているのだろう。まさに「Five Boro」はNYの自転車文化の象徴と言えるだろう。
(写真:セントラルパークも自転車だらけ!)

 35年前に250人ほどのメンバーでスタートした「Five Boro Bike Tour」。名前の通り自転車で5つの地域を巡るこの大会は、参加者の自転車も、ロードレーサータイプはもちろん、MTBや街乗りの実用車まで実に様々である。日本人が想像するコンペティション思考の人はまばらで、本当に普通の市民が自転車を楽しむお祭りという様相だ。だからこそ、ここまでの参加者と市民の理解が得られているのだろう。まさに「市民イベント」の代表格である。
(写真:子連れだって、実用車だって問題なし)

 さて、東京でこれほどの大会を開催することができる日は来るのか。もちろん、まずは自転車の社会的なポジション向上を図って行かなければならないのは言うまでもない。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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