二宮: 五輪はアテネ以来、2大会ぶりの出場となります。前回の北京大会に出られなかった時は、どんな思いでしたか?
小西: テレビで競技を見ていましたが、「アテネに出たのは奇跡だったのかな」と感じましたね。出るべくして出られる実力が自分になかった。もう少しレベルアップしないと、五輪の代表選手としては戦えないんだなと痛感しましたね。

 全身がふるえたアテネ五輪

二宮: 8年前のアテネは19位。今、振り返ってみていかがですか。
小西: 自分のパフォーマンスができませんでしたね。射座に入った時から全身が震えて、足が地についていない状態でした。試合前はいつも通りの感覚立ったんですけど、急に緊張感が押し寄せて足から震えがきました。

二宮: 過去にそんな体験をしたことは?
小西: アテネの前には、なかったですね。ただ、その後、北京五輪の選考会の時も同じように全身が震えて結果が出ませんでした。

二宮: 体が震えると当然、手元もブレる。撃つのは大変だったでしょう?
小西: どうやって銃を握ったらよいのか、どのくらい力を入れていいのかもわからなくなりました。普段の私ではなく、納得のいかない試合をしてしまいました。完全に五輪の雰囲気に飲み込まれてしまいましたね。

二宮: いくら緊張していても、たいていは競技が始まると平常心に戻るものですが、ずっと震えが止まらなかったと?
小西: 震え自体は予選の前半に行われる「精密射撃」で30発撃っているうちに収まっていきました。ところがインターバルを挟んで、これからという時に、今度は頭が痛くなってきた。撃つたびに頭がズキンズキンして競技に集中できない。おそらく緊張しすぎて体に変調をきたしてしまったんだと思います。

二宮: もちろん五輪前にも国際大会には参加されていたと思います。やはり普通の大会と五輪は別物なんですね。
小西: 全く違いますね。たとえば世界選手権は確かに大きな大会ですが、それは射撃の中での話。五輪は本当に全世界が注目していますし、メディアでも大きく取り上げられる。その点は大きく異なりますね。

二宮: 過度に緊張してしまった原因はどこにあったと考えますか?
小西: その後、自分と対話をして、メンタル面について、いろいろ研究してみました。結論としては自分に対して期待しすぎると良くないなと。アテネの時は調整が順調で、このまま行けば、いい成績が狙えるのではないかとヘンに自分を追い込んでしまった面がありました。やはり、普通の状態で臨むのが一番いいなと感じましたね。

二宮: アテネは悔いが残る大会だったでしょう。
小西: でも、最悪の状態でも最後まで諦めないで撃ち切った点は自分でも評価できます。成績は良くなくても気持ちを切らさずに戦えた。その点は収穫だと思いながら日本に帰ってきました。

 ロンドンの会場は風が強い

二宮: 少し競技の中身の話をしましょう。的を見ると最高得点の10点部分は本当に小さい。これを離れたところから撃つわけですから、狙いを定めるのは大変ですね。
小西: 実際、撃発する際に見ているのは標的そのものではありません。銃身の先についている照準器の「照星」と銃身の後方にある「照門」を見ています。狙っているのは標的の真ん中というより、やや下の部分になりますね。的からのラインと照星、照門がピタッと真っすぐ合えば、ほぼ10点に当たりますし、それがズレれば9点、8点と点数が低いところに当たってしまうんです。

二宮: 視力も問われる競技ですね。
小西: 4年前にレーシック手術を受けて、今は両目で2.0です。私の場合は右が利き目なので、右手で構えて右目で見ています。左目にはカバーをつけて見えないようにしていますね。

二宮: 手術を受けたということは、もともと視力は決して良くなかったと?
小西: はい。0.1でコンタクトをつけないといけない状態でした。ただ、競技中にコンタクトだと、風が吹いて砂埃が目に入ったりすると対応できない。だから射撃用のメガネをつけて試合に臨んでいました。それでもメガネは縁の部分は視界がさえぎられますから、はっきり見えるようになりたいなと思って手術を決断しました。手術が終わると、「アッ!」とビックリするくらい、よく見えるようになりました。

二宮: 屋外の会場では風などの気象条件にも気を遣わないといけません。今回のロンドンの会場はいかがですか?
小西: 私が実際に行った時は雨、風が強かったです。風の影響を受けやすい会場だと感じました。雨が降ると暗くなって標的が見えなくなる。風でほこりが目に入ったりしないよう、本番ではゴーグルをつけて競技に臨むかもしれません。

 完成形へあと“ひとさじ”

二宮: 五輪本番が近づいてきました。もちろん上位進出、メダル獲得が目標だと思います。現時点で上位との差はどのくらいだと認識していますか?
小西: 自分が最高のパフォーマンスができたと仮定すれば、トップとの差は約5点くらいでしょうね。

二宮: 25メートルピストルの場合、予選で60発、決勝20発の計80発で勝負します。すべて的の中央に当てれば(予選の最高得点は10点、決勝は10.9点)、818点満点。そのなかの5点ですから状況によっては何が起こるかわからない。
小西: 大会によって違いますが、五輪ではまず予選で、600満点中585点以上を取ることが決勝進出の目安となります。

二宮: 現在、射撃の本場ブルガリアから来たコーチの指導を受けています。どんなアドバイスを?
小西: 主にメンタル部分が中心になっています。技術面では最初は1から10まで教わっていたんですけど、少しずつコーチの指示を消化していって、今は、あと“ひとさじ”という部分まできています。完成形には近づいてきているので、その残り“ひとさじ”をうまく調整して本番を迎えたいです。

二宮: では、その“ひとさじ”が加われば、表彰台が見えてくると?
小西: アテネの苦い経験を踏まえると、あまり結果は意識しないほうがいいかなと思っています。確かに具体的にイメージを思い描いて試合に臨むことは大事です。国内大会では想像していた通りの射撃ができたこともあります。ただ、アテネの時は自分に期待したことがヘンな緊張感につながってしまった。だから、今回のロンドンは精神的には無の状態で射座に立ちたいと考えています。

二宮: 自分の射撃に集中することが第一。それができれば結果は後からついてくると?
小西: そうですね。当然、気持ちとしてはメダルを狙いたいんですけど、それをハッキリ言葉にした瞬間に、自分のなかでプラスになるのかマイナスになるのか分からない。本番までに気持ちをどうコントロールするかは今も模索中です。いろんな思いは心の中にしまって、ロンドンですべてを出し切りたいと考えています。

二宮: 射撃は現状、日本ではどうしても競技人口が限られています。小西さんが結果を残せば「やってみたい」と思う人が増えるかもしれません。興味がある人はどうすればいいでしょう?
小西: 日本ライフル射撃協会のホームページでも紹介されていますが、まずはデジタルシューティングからスタートするのが一番いいでしょう。免許もいらないですし、子供でもできますからオススメです。2004年には私の地元である北海道八雲町に全国初のデジタル・スポーツ射撃少年団ができました。そこからジュニアの代表チームに入った選手も出てきています。こういった射撃に親しめる場が日本中にできて、いずれ本格的に取り組む選手が増えるといいなと感じています。

(次回はラート・高橋靖彦選手を取り上げます。前編は7月4日更新予定です)
>>前編はこちら


小西ゆかり(こにし・ゆかり)プロフィール>
1979年1月11日、北海道生まれ。北海道八雲高校卒業後、自衛隊に入隊し、競技を始める。04年にアテネ五輪に出場(19位)。08年には全日本選手権女子25メートルピストル射撃で日本新記録を樹立して優勝。09年に除隊後、10年のドイツ・ミュンヘンで行われた世界選手権の女子25メートルピストルで4位入賞し、ロンドン五輪代表に内定。同年のアジア大会では同種目で銀メダルに輝く。11年10月の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、協賛金100万円を獲得。12年4月より飛鳥交通に所属。


 夢を諦めず挑戦せよ! 『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』開催決定!
 公開オーディション(8月28日、ウェスティンホテル東京)で、世界に挑むアスリートを支援します。



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(構成:石田洋之)
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