82年W杯のアルゼンチンがそうだった。ケンペス、パサレラといった前回大会のスターにマラドーナが加わったチームは、優勝候補として一目置かれる存在だった。02年のフランスもそうだった。ジダンのスケールアップは著しく、前線のアンリも大きく成長していた。
 だが、彼らは惨敗した。
 勝つのは難しい。警戒されたうえで勝つのは、なお難しい。

 このコラムが皆さんの目に留まるころ、すでになでしこは初戦のカナダ戦を終えている。勝っていればいい。内容を伴った勝利であればなおいい。ただ、それが決して簡単ではないことは、サッカーの歴史によって証明されている。82年のアルゼンチンはバンデンベルク(ベルギー)の1発に沈み、02年のフランスはセネガルに世紀の番狂わせを許してしまった。世界王者として臨む大会の初戦は、それも初の世界王者となって迎える次の大会は、スーパースターの複合体にとっても恐ろしく難しいものなのだ。

 ただ、彼らの惨敗から教訓を見いだすことはできる。
 78年のアルゼンチンは、98年のフランスは、いずれも優勝候補というよりもダークホース的な存在だった。開催国であり、強豪としての評価は得ていたものの、しかし、ブラジルやイタリア、ドイツといった歴代の王者と比較すれば明らかに1ランク落ちる存在だった。彼らはつまり、挑戦者として勝った。

 だが、世界王者の仲間入りをしたことで、周囲からの見方は一変する。82年のアルゼンチン、02年のフランスは、彼らの歴史上初めて、相手からの徹底的な研究と警戒にさらされることとなり、結果、轟沈した。
 大切な初戦を落としたことは、むろん痛かっただろう。ただ、それ以上に大きかったのは、彼らが「こんなはずではない」という思いから最後まで逃れられなかったことではないか。イメージ通りのサッカーができない、やらせてもらえないという焦燥が、あっという間にチームを蝕んでしまったのではないか。

 昨年のW杯に於けるなでしこの立場は、強豪ではあるけれど挑戦者、というものだった。多くの相手は、日本に勝つためのサッカーをぶつけてきた。今回は違う。立ちはだかるのは日本の良さを消すサッカー、日本に気持ちよくさせないサッカーである。いまのなでしこは、世界で唯一自分たちのスタイルを持つチームと言えるが、それゆえ、相手は徹底的にそのスタイルをつぶそうとしてくるだろう。

 アルゼンチンやフランスが到達できなかった「うまくいかなくて当たり前」の境地。そこに到達できるかどうかが、なでしこにとっての鍵となる。

<この原稿は12年7月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから