酷暑が続く夏、水が恋しい季節だ。海、川でのアウトドアスポーツが数多くあるなか、近年、人気を高めているのがラフティングである。空気を入れて膨らませたラフティングボートに乗り、激流を下る。国内でも利根川(群馬県)や長良川(岐阜県)、吉野川(徳島県)などが名所とされ、シーズンになると多くの観光客が訪れる。

 このようにラフティングにはツアーと絡めたレジャースポーツというイメージが強いが、タイムを競う競技スポーツの側面もある。競技ラフティング(レースラフティング)では4人1組、または6人1組となり、4種目のレースで順位を決める。長距離を漕ぐ「ダウンリバー」、短距離の「スプリント」、2艇による競争で勝ち抜きトーナメント制をとる「H2H」、ゲートを順番にくぐる「スラローム」だ。各レースでは順位ごとにポイントが与えられ、その合計点で勝敗を争う。競技者の増加に伴い、将来はボートやカヌーなどと同様に、五輪の正式競技としての採用も視野に入れている。

 競技との出会いは偶然

 実は、日本はこのレースラフティングで世界トップの実力を誇る。2010年にオランダで開催された世界大会では、男女とも日本のチームが揃って総合優勝を収めた。その女子チームが徳島・吉野川を拠点に活動している「THE RIVER FACE(ザ・リバー・フェイス)」だ。07年に結成され、09年から世界大会で優勝1回、準優勝2回の成績を残している。

 6人のメンバーの多くは普段はラフティングのツアーガイドとして観光客を相手に仕事をしている。また理学療法士として病院に勤務する選手もいる。シーズンとなるとガイドの業務が多忙になり、どうしても練習時間は限られる。そんななかで互いに都合を調整し、平日の早朝や休日に集まって基本的には週6回、トレーニングを行う。その豊富な練習量が世界レベルの実力を支えている。

 メンバーを率いるキャプテンの阿部雅代がラフティングと出会ったのは偶然だった。愛媛県出身の阿部は大阪で短大を卒業後、打ち込めるものが見つからず、定職にも就けないでいた。そんな折、友人とたまたまコンビニでラフティングツアーのチラシを発見した。
「何かおもしろそうだね。行ってみる?」
 これが人生を変えることになるとは、その時は思いもよらなかった。

 初めて岐阜・長良川で体験したラフティング、そのおもしろさの虜になった。すっかり夢中になった阿部は、アルバイトでお金を貯め、四国・吉野川のコースにも足を運ぶようになった。
「吉野川は長良川より流れが激しいところがあって、何度行っても飽きませんでしたね」
 最初は定期的に大阪から通っていたが、次第に阿部の心はそれだけでは充たされなくなっていた。

「ここに移り住んだら毎日できる」
 そう思い立った時には、徳島のラフティングツアーの会社の門を叩いていた。ツアーガイドとしての資格を取り、毎日のように、観光客とともにボートに乗る生活がスタートした。05年のことだった。

 レースラフティングと出会ったのも徳島に来てからだ。ちょうど同じタイミングで吉野川を拠点に女子ラフティングチームを立ち上げようという機運が高まっており、誘われた。これが現在のTHE RIVER FACEの前身となる。
「競技のことは何もわからなかったので、最初は練習で1時間、ずっと漕ぎっぱなしだったり、ビックリしました。でもガイドをする上でテクニックを高めることは悪くないなと思ってトレーニングを続けました」

 いつしかチーム内では最も競技生活が長くなり、09年秋、キャプテンに就任した。ラフティングの世界では専任でチームの面倒をみる監督やスタッフがいるケースは少ない。このTHE RIVER FACEも同様で、阿部はキャプテンという立場で、選手兼コーチ兼マネジャーとでも言えるような複数の役割を担っている。

 優勝しても賞金ゼロ!?

 競技としてラフティングを続けるとなると、当然、練習や大会に出場するため、それなりの資金や時間が必要だ。ボートやオールも自前で購入すると、数万〜10万円単位のお金がかかる。決してメジャーとはいえない競技だけに、家族や仕事先の理解やサポートは不可欠である。これまでに、いくら競技を続けたい気持ちがあっても、さまざまな事情でチームを離れざるを得ない選手もいた。

「海外の大会に出ると直前の合宿も含めて3週間くらいは仕事を休まなくてはいけません。もちろん、参加費や移動費や宿泊費などの費用はかかります。場所によっては100万円単位の出費になることもある。お金の問題はいつも頭を悩ませています」
 まだまだ競技としての歴史が浅いラフティングでは、世界大会で上位に入ったからといって賞金を得られるわけではない。世界一の称号は、まさに“名誉”なのだ。

 常に火の車のチーム財政のなか、THE RIVER FACEではスポンサーを集め、今までも各団体が実施しているスポーツ助成金制度に応募し続けてきた。今回の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』に応募したのも自然の成り行きだった。書類選考をパスし、最終オーディションに臨んだのは、コスタリカからの世界大会から戻った直後。準備期間は少なく、「いろいろ考えても仕方がない。その場で思ったことを訴えよう」と開き直った。

 ラフティングの魅力から、チームが世界のトップレベルにある点、そして苦しい資金繰り……。オーディションでは日頃から思っていることをすべて吐き出した。残念ながら7名の「ワールドチャレンジャーズ」からは漏れたが、協賛金として50万円を獲得した。
「表彰式で審査員の貴乃花親方から“僕もラフティングをやったことがあるんですよ”と声をかけていただいてうれしかったですね」
(写真:国内大会ではメンバーの所有するワゴンカーに乗って徳島から長時間かけて移動する)

 練習では厳しく、試合では楽しく

 チームの大きな目標は2013年にニュージーランドで開催される6人制世界大会での優勝だ。そして、その出場権をかけた国内大会が10月に岐阜・長良川を舞台に開かれる。ここでの優勝が世界大会に進むための条件だ。THE RIVER FACEの優勝に触発され、レースラフティングに取り組む女子チームも出てきている。世界でいくら実績を残している彼女たちも、国内で絶対勝てるという保障はない。

 ラフティングは自然のなかでの競技だけに、そのコースは川によって、それぞれ異なる。さらに当日の気象条件によって川の表情は常に移り変わる。「体力に加え、川の流れを読む力も問われる競技」と阿部は言う。この力を養うには、各地の大会に出て場数を踏むことが大切だ。今回の協賛金は当初、チェコで開催されるユーロカップの遠征費に充てる予定だったが、メンバーの1人がケガをしたため、やむなく断念。その代わり、秋に向けて国内での大会参加を増やし、それらの費用として活用されている。

 10月の大会に向けてテーマはチームとしての技術向上と個人のレベルアップ。現在のメンバーはカヌーなどのバックボーンがある選手もいるが、まだラフティングでの競技経験は決して豊富とは言えない。4人1組、6人1組で競技に臨むラフティングでは、当然のことながらチームワークが何より大切である。主に前で漕ぐ2人は主にボートの舵取り役となり、後ろに乗る2人は激流のなかでボートが左右に大きく振れ過ぎないように制御する。全員が意思統一をして漕がなければボートは思った方向に進まない。加えて個々人のレベルがある程度、一定であることも要求される。ある選手の力だけが飛び抜けていると、力の劣る選手がいる方向へボートが曲がってしまうからだ。

 THE RIVER FACEというチーム名は直訳すると「川面」となる。しかし、「FACE」という単語には「直面する」「立ち向かう」との意味がある。どんな困難に対しても逃げずに立ち向かい、そして必ず乗り越える――。チームとしての重要な哲学が名前には込められている。

「世界で勝つためには仲良し集団ではいけないと思っています。練習では厳しく、試合では楽しくモットーです」
 そう力強く話すキャプテンを、メンバーのひとりは「誰よりも努力している人。チームを背中で引っ張ってくれる」と厚い信頼を寄せる。どんな競技でも柱がしっかりしているチームは大崩れしない。
「この競技はやればやるほど奥は深いですね。何歳になっても第一線で漕ぎ続けたい」
 夢を語る阿部の下、これからもTHE RIVER FACEは世界を見据えて、激流と立ち向かい、そして自らの限界を乗り越える。

(次回はWindサーフィン・大西富士子選手を取り上げます。8月15日更新予定です)


THE RIVER FACE(ザ・リバー・フェイス)
2007年7月に結成。キャプテンは阿部雅代。他のメンバーは竹村碧、浅井裕美、小林裕子、仲田理恵子、水澤知香。徳島県吉野川を拠点に活動している。2009年、世界大会(6人制)総合2位に入ると、10年は4人制で世界大会総合優勝。 昨年は世界大会(6人制)で総合2位。13年にニュージーランドで開催される世界大会での優勝を目指す。第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、協賛金50万円を獲得。レースラフティングの普及と、この競技を通して日本を元気にするために日々、激漕中。
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 オーディション(8月28日、ウェスティンホテル東京)の模様はUSTREAMで配信予定です。詳しくはバナーをクリック!



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(石田洋之)
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