水面を颯爽と滑る姿に衝撃を受けた。時速60キロは出ていただろうか。モーターはなく、オールなどの人力でもない。動力はセイル(帆)に風を受けて生じる揚力と波の斜面を下る推進力のみ。大西富士子が行っているウインドサーフィンは、まさに自然と一体となったスポーツである。

 このウインドサーフィン、海岸はもちろん河川や湖など、日本でもあちこちで行われている。各地のウインドサーフィンショップでは体験会が開催され、気軽に楽しめる。また、老若男女問わず、競技ができる点も魅力だ。

 きっかけは「ゴチになります」!?

 大西がウインドサーフィンに出合ったのは大学1年生の時だった。高校までに経験したスポーツは水泳と陸上の長距離。大学でも水泳部か陸上部に入部しようと考えていた。そこに新入生を勧誘するウインドサーフィン部から声をかけられる。「そういうスポーツもあるんだ……」。その時は特段、興味があるわけではなかった。しかし、ある一言が彼女をウインドサーフィンの世界に引き込むことになる。

「“夕食をご馳走してあげる”と言われました。一緒にいた友人と“ヒマだし、行ってみようか”となったんです(笑)」

 夕食を“ゴチになる”前に連れて行かれたのは琵琶湖だった。先輩部員に教えられ、早速、セイルを張ったボードに乗った。大西曰く、近年のウインドサーフィンのボード類は、初心者にも扱いやすくなっており、彼女自身も30分ほどで初乗りに成功したという。

「大自然の中ですごく気持ちよかったですね。それまでまったくやったことのないスポーツでしたので、何とも言えない楽しさを感じました」
 湖面をスイスイと進むうち、大西はすっかりウインドサーフィンの虜になった。

 元々、「のめり込んでしまうタイプ」の彼女は、それからほぼ毎日ボードに乗った。
「この競技は大学に入ってから始める人が多いんです。ですから、スタートラインもみんな一緒。やればやるほど、うまくなっていくという点も心を惹かれた理由のひとつだと思いますね」

 ボードに乗れば乗るほど、めきめきと実力をつけ、出場する学生大会では連戦連勝。3年時にはついに全日本学生選手権を制した。大学4年時(2006年)にナショナルチーム(NT)の選考会にも参加し、選考レースで4位となり、NT入りを果たした(この年は4人選出、人数は年によって変動)。以降は世界選手権など、国際大会にも参加し、その後も日本を代表するライダーとしてNTに選出され続けている。

 勝負はセッティングがすべて

 ウインドサーフィンと一言で言っても、その中身はさまざまな種目に分かれている。オリンピックではアップウインドという種目が採用され、RSX級と呼ばれる。海上の風上と風下にマーク(ブイ)を設置してコースを設定し、風上から風下方向に走行して周回。決められた回数を周ってゴールまでの着順を競う。W杯ではスラローム、ウェイブパフォーマンス(ウェイブ)、フリースタイルといった種目も実施され、単純に速さのみを競うスピードトライアルもある。

 大西が主に参戦しているのはRSX級だ。RSX級では全選手がボードやセイル、マストなどは、すべて1デザイン、いわゆる同一規格の道具を使用するよう定められている。つまり、風などの条件に合わせてセイルの大きさなどを変更することができないのだ。

 ただ、同一といっても、工場での大量生産のため、硬さやしなり具合など、同じ質の部品はまずない。選手はそれらの中から自身に最適のパーツを選び、セッティングするのだ。大西の場合、RSX級のセイルは6枚、ボードは2本、さらにマストやフィンなども複数所持している。

「買って実際に使ってみるまで道具の質はわかりません。もし自分の感覚に合わなければ新しく違うモノを買わないといけない。どんなに速い選手でも、その人に合ったセッティングができていないと遅くなるんです。以前、友達と一緒に海に出ていて、友達はすごい速かったんですけど、私がまったくスピードを出せなかったことがあります。それで、私だけ道具をピシッと変えてみたら、すぐに友達より速くなりました。だから、この競技はセッティングがすべてといっていいかもしれません」

 他競技のアスリートから刺激

 ただ、これだけの道具を常に維持するとなると、相応の費用がかかる。また、海外遠征も少なくなく、行き先が欧州になると1回の遠征費は50万円を超える。資金を稼ぐために、大西は所属するウインドサーフィンショップでのインストラクターに加え、スポーツジムでもアルバイトをした。競技を続けるには決して楽な経済環境ではなかった。

 そんな昨年、『マルハンワールドチャレンジャーズ』の存在を日本ウインドサーフィン連盟の関係者から聞いた。友人からの勧めもあり、応募を決めた。
「応募後、400人以上が書類を提出したことを知りました。正直いうと、期待はしていませんでした(笑)」

 予想に反して、大西は最終オーディションに進む14組の一員に選ばれる。だが、オーディションでどのようにアピールするか、ほとんど考えていなかった。人前で話すことが苦手という大西は、話す内容を知人に聞いてもらうなど練習を重ねた。迎えた本番当日、観客や審査員の視線を一身に浴びるなかで、彼女はこう語った。
「目標はロンドン五輪でメダルをとることです。また、W杯で日本人初の優勝を狙っています。ウインドサーフィンはまだまだメジャーではないので、自分の活躍を通して、よりたくさんの人に競技を知ってもらい、ぜひ体験していただきたいと思っています」

 結果として、大西は「ワールドチャレンジャーズ」には選ばれなかった。しかし、最終オーディションで落選したアスリートにも特別協賛金として50万円が授与されることになった。協賛金は遠征費や道具の購入費などに充てた。ただ、オーディションに参加したことで、大西は協賛金のほかにも手に入れたものがあった。

 それはかけがえのない他競技の仲間である。
「大勢の方々に競技のことを宣伝できました。また、他のマイナースポーツの方たちも同じ環境だったので、“私だけじゃない”と励まされました。みなさんが苦労して、世界の頂点を目指して頑張っている。“私も!”と思いましたね」
 オーディションで出会ったメンバーとは、今も連絡を取り合い、情報交換をしている。競技は違えど、世界に挑戦し続ける選手たちからは大いに刺激を受けた。
「参加して本当に良かったです」
 大西は心からそう思っている。

 課題は“総合力”の向上

 競技を始めて11年が経った。初めてNT入りしてからも6年が経つ。その間、常に大西は日本の第一線で世界と戦ってきた。
「彼女は日本で一番練習している子だと思います」
 こう語るのは、大西が所属しているウインドサーフィンショップ「TEARS」の店長・國枝信哉だ。日本ランキング上位のトッププロライダーでもある。

「とにかく練習量がすごいんですよ。どんな天候でも練習する強い意志を持っている。ある冬の日、練習する海岸に雪が降って積もったんです。そんな時に誰も海になんか出ないんですよ。ただ、大西は当たり前のように、海に出て練習していました。海岸に積もった雪上に足跡を残しながら(笑)」

 先述したように「のめり込んでしまうタイプ」とはいえ、なぜ、そこまで練習に打ち込めるのか。本人はこう話す。
「ウインドサーフィンのすべてが大好きなんです。それに楽しい。楽しいから練習したくなる。もちろん、RSX級の練習だけずっと続けていると、“なんだか疲れたなぁ”と楽しさを感じられなくなる時もあります。そんな時はウインドの他の種目をやりますね。しばらくしてまたRSX級の練習に戻ると、“何だ、やっぱり楽しい”と思えるんです」

 だが、どんなに競技を楽しみ、練習を重ねても好成績が出るとは限らないのがスポーツの厳しいところでもある。大西は五輪代表の座をかけた今年3月の世界選手権(スペイン・カディス)では、内定条件の日本人最上位になれず、目標にしていたロンドンに行けなかった。大会期間中は平均18メートルの強風が吹き続き、思うようなライディングができなかったことが敗因だった。

 ウインドサーフィンでは風の揚力と波の斜面を下る推進力の2つが作用して、効率よい加速が生まれる。しかし、受ける風が強すぎるとボードが海面から離れ、空中に舞ってしまうのだ。こうなると空気抵抗が生じ、減速につながる。そこで重要になってくるのが体重だ。
「体重が重ければ、ボードを押さえられてスピードに乗れるんです。軽い人だとボードが浮いてくるプレッシャーをスピードに変えきれない」
 160センチと小柄な体格の大西は、強風下でのレースを苦手としていた。そのため、世界選手権に向けて筋肉量を増やしながら、動ける体型をつくっていた。それでも、超のつくような強風のなかでは対策があまり意味をなさなかった。

 國枝は「風さえ合っていれば、大西がロンドンに行っていたでしょうね」と語る。ただ、その上で、「超強風でも弱風でも、どんなコンディションでもオールラウンドにレースできるようになることが必要だと思います」と課題を指摘する。

 オールラウンダーになるためのキーワードは「ウインド総合力」だ。大西はこれまで、RSX級のレースにしか乗ってこなかった。スラロームやウェイブといった他の種目に参加すれば、RSX級にはない状況を経験でき、対応力を養える。この点は彼女自身も必要性を感じており、昨年からはスラロームのW杯に参戦。今年5月の韓国でのW杯では自己最高の5位入賞を収めた。本職ではない種目での好成績は、大西のウインド総合力が上がっている証だろう。

 さらなる高みを狙って目下、取り組んでいるのはジャイブの改善だ。ジャイブとは、海上にあるマーカーを風上から風下に回ること。ここで大きく回りすぎたり、速度を緩めてしまうと、致命的なロスになってしまう。ジャイブに入る角度やスピードなどを、国枝や他の仲間に確認、指導してもらっている。

 ウインド総合力の向上に、ジャイブの改善。現在、照準を合わせているのは12月にベトナムで行われるW杯だ。この大会で最終オーディションでも掲げた「日本人初のW杯優勝」を狙う。
「自分が世界で活躍する姿を多くの方に見てもらって、ぜひ、ウインドサーフィンをやってもらいたいですね」
 世界でトップに立つことは自らのためだけではない。大好きなウインドサーフィンを、いつか日本でもメジャーにするために――。その使命感をセイルを推す大きな力に変え、大西はこれからも水上を滑走し続ける。

(次回はキックボクサーの闘魔選手を取り上げます。9月5日更新予定です)


<大西富士子(おおにし・ふじこ)>
1983年12月25日、千葉県生まれ。大学から競技を始め、頭角を表す。3年時には全日本学生選手権優勝。4年時の2006年からナショナルチームに選出。世界選手権やW杯に出場する。今年の5月には韓国で行われたW杯で自己最高の5位入賞。今年12月にベトナムで行われるW杯の優勝を目指す。現在は所属する「TEARS」でインストラクターも務めている。身長160センチ。昨年の「マルハンワールドチャレンジャーズ」で協賛金50万円を獲得。

『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』公開オーディション、参加14選手決定!
 オーディション(8月28日、ウェスティンホテル東京)の模様はUSTREAMで配信予定です。詳しくはバナーをクリック!



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(鈴木友多)
◎バックナンバーはこちらから