「ジュリー制度」が批判を浴びている。
 7月28日に始まったロンドン五輪・柔道競技の話である。
 この「ジュリー制度」とは、誤審を避けるために設けられたもの。主審、副審以外に畳の外に審判委員(ジュリー)を配置、時にビデオも用いて試合のチェックを行うのである。
(写真:審判の問題がクローズアップされた中、銅メダルを獲得した男子66キロ級の海老沼)
 柔道の試合では審判が瞬時に判断しづらい状況が生じる場合がある。
 たとえば、先に仕掛けた選手の技が有効なのか、それとも、それを返した選手の透かし技が有効なのか。そんな微妙なシチュエーションでは、ジュリーが審判のジャッジが正しいか否かをビデオを見返しながら判断するのだ。

 実は、この制度は2007年から導入されていたのだが、今回のロンドン五輪でのひとつの出来事から注目されるようになった。
 男子66キロ級の準々決勝、日本の海老沼匡vs.韓国のチョ・ジュンホ。
 試合はゴールデンスコア方式の延長戦に持ち込まれ、それでも決着はつかず。旗判定はチョに3本。この直後、ジュリーが審判を集め、判定のやり直しを命じた。

 チョの勝利を告げる青旗がスッと3本あがった時、私は「エッ!」と声を出さずにはいられなかった。どう見ても試合を優位に進めていたのは海老沼だったからである。延長に入って1分20秒過ぎ、海老沼が見舞った小内巻き込みは1度は「有効」とコールされる。これはジュリーの指摘により、取り消されたが、判定上で大きなポイントになったはずだ。その後の展開でも海老沼が流れを支配していた。

 もちろん「エッ!」と驚いたのは私だけではない。判定が下された直後、場内はブーイングに包まれていた。

 判定のやり直し。今度は海老沼の勝ちを支持する白旗が3本上がる。
 判定が正しくなされた、と私は思う。
 
 だが、試合場周辺にいた関係者は皆、唖然としていた。旗判定のやり直しなど前代未聞である。一度、審判が下した判定が覆るなどということも、これまでの五輪柔道で1度もなかったからだ。
「審判が一度下した判定を覆してよいのか?」
「技の有効性を問うのならともかく、ジュリーが旗判定にまで口出しをしてよいのか?」
「そもそもジュリーの権限が審判を超えることがあっていいのか? これでは主審がジュリーのロボットになってしまう」
「こんなことをやっていては混乱を招くばかりだし、審判のレベルがさらに低下してしまう」
 ジュリー制度は一気に批判を浴びてしまったのだ。

 確かに、ジュリー制度には問題点がいくつもある。その最たるものはジュリーの権限が、どこまでなのかが規定されていないことだろう。

 しかし私は、不完全ではあっても今回、ジュリー制度を設けていて本当に良かったと思う。少なくとも、この海老沼vs.チョに関して、勝者が敗者となり、敗者が勝者となる理不尽な状況をつくらずに済んだからだ。

 ジュリー制度をつくることになった発端は、2000年のシドニー五輪だと言われている。100キロ超級の決勝で篠原信一はフランスのダビド・ドゥイエと対戦した。開始1分30秒、篠原は内股透かしで一本を奪った。だが、審判はドゥイエに有効を与え、この試合、篠原は判定で敗れた。

 あってはならない大誤審が五輪の決勝の舞台で生じたのである。
 誤審の原因は審判がドゥイエの味方をしたからではない。審判の技を見極める技術の乏しさにあった。

 この試合に限ったことでもない。ハッキリと言えば、国際大会の審判のレベルは低すぎる。信じられないほど酷いのだ。
 私も学生時代、数多くの国内大会に出場した。私は実力レベルの低い選手だったが、審判のレベルに関して言えば、高校の地区大会を裁いている先生のほうが、国際大会の審判よりも上である。はるかに柔道の技術をよく理解している。逆に言えば、柔道の技術を生半可にしか理解しないままに、トップレベルの試合を裁くと言う恐ろしい状況が世界最高峰の大会で生まれているのである。

 審判の技術レベルの向上は急務だ。でも、中立を期すために多くの国から審判を、たとえ技術が低くても出さねばならぬ状況が続くのなら、ジュリー制度は欠かせないだろう。

 今後、ジュリー制度を熟成させていく必要は充分にある。その上で存続させるべきだと思う。同時に技術の乏しい審判の排除も望みたい。この4年間、死にもの狂いで稽古を積んできた選手が正しい判断を下すこともできない審判の下で闘わねばならない……それはあまりに悲しすぎるから。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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