ジャイアンツがこの3年間で2度目となるワールドシリーズ制覇を果たし、2012シーズンも終了。MLBはストーブリーグに突入し、各チームが来季に向けて動き出し始めている。
 ニューヨークでは、今季のアメリカンリーグ優勝決定シリーズ(ALCS)でタイガースにスイープ負けを喫したヤンキースの動向に大きな注目が集まっている。シーズン中はリーグ最高の成績を挙げたとはいえ、プレーオフでは無惨な形での敗北を喫したことから、ファン、関係者は2012年を“失敗のシーズン”と認識している感があるのは事実だ。それを受けて迎える今冬は、「プレーオフを逃した2008年以来、最も重要なオフ」とさえ言われている。
(写真:王座奪回を目指す来季に向け、黒田は再契約するのかどうか Photo By Kotaro Ohashi)
 来季に向けて、ヤンキースはどんなメンバーを揃えてくるのか。イチロー、黒田博樹という2人の日本人選手たちは残留するのか。見どころの多い今オフの注目ポイントを、今回は3項目に分けてみていきたい。

【A・ロッド、電撃移籍はあるか】

 ALCS終了時点で最も大きな話題を呼んだのは、アレックス・ロドリゲス三塁手の処遇だった。キャリア通算647本塁打、ヤンキース入り後も9年間でシーズン平均打率.292、34本塁打、107打点をマークして来たロドリゲスは、紛れもなくメジャー史上に残るスラッガーである。

 そのA・ロッドも、2009年に過去のステロイド使用を告白して以降は成績が低下。今季もケガに悩まされて122試合の出場に終わり、プレーオフでも特に右投手に対して18打数0安打12三振と無惨な数字に終わった。

 オリオールズとの地区シリーズ第3戦の最終回に代打を出されると、ALCS第3、4戦ではスタメン落ち。左投手相手にだけ起用される、いわゆる“パートタイム・プレイヤー”に降格させられてしまい、プレーオフを通じて極度の不振に悩んだヤンキース打線のシンボル的存在となってしまった。

「来年もアレックスがサードのレギュラーとなると考えている。彼が示さなければいけないことが何か? 健康な身体で準備を整えて欲しいというだけだよ」
 シーズン終了後、ジョー・ジラルディ監督はそう語ってA・ロッドへの信頼が変わっていないことを一応は強調していた。

 しかし、プレーオフの大事な試合中にベンチからファンをナンパしていた疑惑まで浮上してイメージは大きくダウン。ほぼ同時にマーリンズとのトレードの噂まで飛び出すなど、ロドリゲスの周囲は混沌とし続けている感がある。
(写真:本人は「ニューヨークが大好き。来季もヤンキースでプレ—する」と断言しているが…… Photo By Kotaro Ohashi)

 普通に考えて、あと5年間で1億1400万ドル(約91億円)という契約を残したA・ロッドの移籍は考えにくい。年俸の大半をヤンキースが支払うとしても、DH制度のないナショナルリーグのチームにとって、故障がちな37歳の三塁手の獲得はリスクが大き過ぎる。ヤンキース側から見ても、昨今はメジャー全体で三塁手の層が薄い中で、あと1、2年は打率.270、20本塁打程度は打てそうなA・ロッドを放出してしまうのは賢明な策ではないだろう。

 ただ……新球場に移転後の昨季も観客動員が思うように伸びなかったマーリンズにとって、地元のマイアミで育ったA・ロッドはビジネス面でおいしい選手ではある。そして、ヤンキースのフロントがネガティブな話題ばかり引きつける三塁手を厄介払いしたいと熱烈に願ったとすれば、ほぼ見返りゼロでも積極的にトレード先を探すことも考えられるかもしれない。

 A・ロッドが移籍拒否権を保持していることもあり、結局は残留が濃厚だろう。しかし、もしも大トレードが実現すればメジャーを揺るがすような騒ぎとなることは確実。そういった意味で、一挙一動がニュースとなる風雲児の行方からは今オフも、もうしばらく目が離せそうにない。

【イチロー含めた外野陣はどうなる?】

 シーズン中はメジャー1位の245本塁打を放ったヤンキース打線だが、プレーオフでは9試合で22得点のみと沈黙。“本塁打に頼りすぎ”との指摘はシーズン中から多かったが、その懸念が大舞台で的中してしまった形だった。

「選球眼の良い左打ちのパワー打者を重視するという方針に変わりない」
 ライトへの本塁打が出やすい本拠地の形状を考えれば、ブライアン・キャッシュマンGMの信条が間違っているとは思わない。しかし、それにスピードや若さが注入されれば越したことはなく、より多彩なラインナップにできるかどうかが今オフのポイントの1つとなるのだろう。

 そういった意味で、特に外野陣の構成がどういったものになるかは興味深い。
 プレーオフ通算打率.169と大事な時期にまったく打てないFAのニック・スウィッシャーの移籍は確実。代わりに7月のトレード以降は打率.322、14盗塁と予想以上の数字を残したイチローを引き留め、カーティス・グランダーソン、ブレッド・ガードナーとスピーディな外野陣を構成するのも悪くはない。
(写真:移籍後のイチローは地元メディアからも大きく取り上げられることが多かった)

 イチローに関して掘り下げると、移籍当初は「3ヶ月のレンタル」と見られていたものの、在籍中の大活躍で地元の見方は急激に変化していった。地元メディアの投票などを見ても、8〜9割以上のファンが残留を希望。1〜2年の短期契約で済むのはチーム側にとっても好都合なだけに、来季もピンストライプのユニフォームを着る可能性は決して低くないはずだ。

 もっとも、たとえイチローが残留を熱望したとしても、キャッシュマンGMが実際のところどう考えているかは推測するしかない。FAのトリイ・ハンター(エンゼルス、37歳、今季も打率.313、16本塁打を放ち、リーダーシップにも定評あり)、マイケル・ボーン(ブレーブス、29歳、2009〜11年3年連続盗塁王)らの獲得を予想する声もあれば、ダイアモンドバックスが放出を考えていると目されるジャスティン・アップトン(2011年のMVP投票で3位。まだ25歳の若きスーパースター候補)をトレードで狙う可能性も囁かれる。

「不確定要素が多く、ワイルドなオフになるだろうな……」
「ニューズデイ」紙のエリック・ボランド記者はシーズン中の時点でそう呟いていたが、特に外野陣に関しては実に先が読みづらい。グランダーソン、ガードナーがトレード要員となっても不思議はなく、今季のレギュラーの中で残留確実な外野手はひとりもいない。いったい誰が残り、誰が加わるのか。11月〜1月は日米両方のファンにとってスリリングな季節になりそうで、補強の鍵を握るキャッシュマンの動向に熱い視線が注がれ続けることになる。

【黒田、ペティート、リベラ、ベテラン投手の取捨選択】

 プレーオフ中は不振の打線を支えた感があった先発投手陣だが、来季以降を考えると決して順風満帆ではない。
 契約下にある選手の中で、まずエースのCCサバシアが左ヒジに手術を受けたのが気にかかる。チーム側は「マイナーな手術」と強調し、来季開幕にも問題なく間に合うと伝えられるが、本当に支配的な姿で戻ってこれるかどうか。 

 今季はメジャー2位タイの35被本塁打を許したフィル・ヒューズ、防御率5.02と“2年目のジンクス”に悩んだイバン・ノバも、ローテーションの軸を任せるにはやや心許ない。さらに肩の手術で今季を棒に振ったマイケル・ピネイダの復帰は早くて来年6月。こんな状況下では、FAの黒田、アンディ・ペティートの2人はぜひとも残留させておきたいところに違いない。

「シーズンを通じてエースの働きをしてくれた。入団してくれて感謝している」
 社交辞令がまかりとおるのがプロスポーツの世界だが、キャッシュマンのそんな黒田評には嘘はなかっただろう。
 自己最多の16勝を挙げた黒田の活躍は予想以上で、今季のチーム内MVPに挙げる関係者も多かったほど。打者有利と言われるア・リーグ東地区でも通用することを示し、イチローと同じく短期契約で収まるのもヤンキースには好都合。クオリファイングオファー(FA移籍に対する補償制度。設定額をオファーすれば、その選手と契約できなくともチームはドラフト指名権を貰える)の1330万ドル(約10億6000万円)にまで届かないまでも、かなり力を入れて引き留めにかかるはずだ。

 この黒田と、引退を撤回した今季も12試合で防御率2.87と健在ぶりを示したペティートをサバシアの背後に据え、ヒューズ、ノバ、ピネイダの成長に期待するのが最も有力な線。ここ2年、カージナルスで好成績を残したカイル・ローシ(今季は16勝3敗、防御率2.86)に触手を伸ばす可能性を指摘する記者もいるが、獲得には総額5000万ドル(約40億円)以上が必要だけに微妙だろう。

 最後にブルペンに目を向けると、クローザー役の選別が極めて難しくなりそうなのが悩ましいところである。
 これまで絶対の守護神として君臨してきたマリアーノ・リベラが、5月に右ヒザじん帯を断裂。その後は「私は必ず復帰する」と言い続けてきたが、ここに来て引退をほのめかし始めている。たとえ最終的にカムバックを決断しても、さすがのリベラも29日で43歳になるだけに、ブランク明けでどれだけやれるかは未知数である。
(写真:もしもリベラが引退を決断すれば、一時代が終わることになる(2011年に通算602セーブを達成した際のもの) Photo By Kotaro Ohashi)

 今季はリベラの代役として42セーブを挙げたラファエル・ソリアーノも、予測通り契約オプトアウトを表明してFA宣言。ソリアーノをこのまま見送ってリベラの完全復活に賭けるか、あるいは残留させて2大ストッパー体制を保つか(2人だけに年俸にして合計3000万ドル(約24億円)程度を費やすことになるが)、もしくはリベラに早めの決断を促すか……。

 タイミング次第で、ソリアーノが移籍し、リベラが引退を決意してクローザーが不在となる事態も考えられる。そんな最悪のシナリオを避けるためにどのように動くか、微妙な状況下でフロントの手腕が改めて問われることになりそうだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
※Twitterもスタート>>こちら
◎バックナンバーはこちらから