先日、セルジオ越後さんの来日40周年記念パーティーがあったので顔を出してきた。川淵三郎氏がJリーグの器をつくった最大の功労者だとしたら、越後さんは器を満たす選手を育てた功労者の一人である。さらにいうなら、彼がいなければ、いまでは少しも珍しいことではなくなった監督や選手、協会への批判は、依然としてタブーであり続けていた可能性が高い。20周年記念パーティーにも出席させていただいた者の一人としては、60周年記念パーティーの招待状が届く日を楽しみにしたいと思う。
 さて、越後さんが来日した当時に比べると、気が遠くなるほどの変化と成長を遂げてきた日本サッカーだが、残念ながら、選手の質や実績ほどには改善が見られないところもある。

 スタジアムの問題である。

 ここにきて、Jリーグは必死になってスタジアムの重要性を強調しているが、何せ、数億、数十億というお金がからでんくる問題である。既存の陸上競技場に手を加えていくしかないクラブがほとんど、という状況は当分続くだろう。

 ただ、ガンバ大阪をはじめ、いくつかのクラブではサッカー専用競技場を建設するという計画が進んでいる。実施にあたっては、これまでの日本のスタジアムがなぜかまったく無視してきた重要な要素を、ぜひ組み込んでいってもらいたいと思う。

 それは、スタジアム最前列の高さである。
 プレミア・リーグの多くのスタジアムは、観客席最前列の高さがピッチと同レベルか、あるいは少し低いぐらいの高さになっている。するとどうなるか。ゴールの瞬間、あるいは激しい接触があった瞬間、ファンはそれを文字通り目の当たりにし、興奮し、絶叫する彼らの姿は、テレビカメラにも映し出される。

 一方、観客席の最前列がなぜか高い位置に設定されている日本のスタジアムの場合、ゴールシーンの瞬間、テレビカメラに映されるのは熱狂した観客ではなく、単なる壁である。どちらがより視聴者の心を捉えるかは言うまでもない。

 観客席の高さをピッチレベルにすることで、建築費用が跳ね上がるというのであれば仕方がないが、わたしの聞いた限りではそんなことはまったくないと言う。要は、設計する側がこだわるか否かの問題である。

 陸上競技のトラックが敬遠されるのは、すなわち、観客席との距離が興奮を疎外するからである。ならば、せっかくのサッカー専用場を造る以上、さらに観客席との距離を縮める発想を持ってほしい。求められるのは、プロ・スポーツにおいては観客もまた主役の一人だという発想である。

<この原稿は12年11月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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