球団職員、選手、コーチとして、球団創設以来6年間、お世話になった新潟アルビレックスBCを離れ、今季より富山サンダーバーズの投手コーチに就任しました。実は新潟県外での生活自体初めてということもあり、多少の不安はあるものの、それ以上に今は期待の方が大きいですね。これまで新潟で経験し、得てきたことが、どれだけ自分のスキルとなっているのか、そしてどれだけ選手たちに伝えていくことができるのか。コーチとしての自分を本当の意味で試すことができるチャンスだと感じています。
 リーグ創設2年目の2008年に初のリーグ優勝を達成した富山ですが、10年以降はプレーオフに進出することができていません。とはいえ、打撃に関してはリーグでもトップクラスの力を持っています。昨季のチーム成績を見ても、打率2割6分7厘はリーグ2位です。また、敵ながら昨季はシーズン中での変化を感じていました。例えば、前期は変化球に対応ができておらず、「変化球さえ投げておけば打たれることはない」と思っていた打者が、後期になって変化球にも対応するようになっていたり、前期は山を張っていた打者が、後期には場面やカウントによって、1打席1打席、対応をかえるようになっていたのです。

 一方、投手陣はというと、昨季のチーム防御率4.17はリーグ最下位。5位の群馬ダイヤモンドペガサスが3.64ですから、他球団との差は歴然としていました。つまり、復権のカギを握っているのは、投手力の底上げが必至だということは誰の目から見ても明らかです。そういう意味では投手コーチとして責任を感じるとともに、やりがいも感じています。「コーチ業は他人に評価をされてこそ」と、新潟の元監督である橋上秀樹さんが言っておられましたが、僕も富山の球団やファンの期待に応えられるように頑張りたいと思います。

 バリエーション豊かなリリーフ

 昨年12月のドラフト会議では、3人の投手を指名しました。なかでも即戦力として期待のできるサウスポー佐藤康平(弥富高−東海学園大−NAGOYA23)を獲得できたことはチームにとって非常に大きいと思っています。彼は多彩な変化球をもち、コントロールにも定評があります。特にフォークボールはカウントを取るボールと、三振を狙うボールとの2種類を投げ分けていましたから、リーグでは十分に通用するはずです。

 また、右のリリーバーとしては信濃グランセローズから移籍してきた大竹秀義(春日部共栄高)を柱として考えています。実は僕が現役だった頃から大竹とは仲が良く、彼が信濃に入団してきた時から「絶対にプロに行くだろうな」と大きな期待を寄せてきました。その大竹と、こうして同じチームでやれることになり、嬉しさとともに不思議な縁を感じています。

 彼にはゆくゆくは不動のクローザーとして活躍してほしいと期待しています。彼の良さは、150キロ近くあるスピードを誇る真っ直ぐと、キレのあるスライダーです。今後は一緒にやっていく中で、課題の部分を明確にし、適切なアドバイスをしていきたいと思っています。

 もう一人のルーキー、右のサイドスローの中村恵吾(宇部鴻城高−神奈川大)もリリーバーとしての起用を考えています。できればもう一人、即戦力のリリーバーが欲しいところ。2月のドラフト会議で即戦力となる投手が獲得できれば、中継ぎと抑えを4人でさまざまなバリエーションを組めたらと思っています。

 一方、先発はというと、現在のところ確定しているのは高塩将樹(藤沢翔陵高−神奈川大−横浜金港クラブ)ただ一人です。高塩は真っ直ぐとスライダーにキレがあり、昨季には新しくチェンジアップとフォークボールを習得しました。何より低めへのコントロールがあるというところが一番の良さです。彼とは昨年12月、僕の高校時代の恩師の知人が監督をされている中国のチームに、トレーニングがてらお手伝いに行ってきました。そこでの1カ月間で、フォークボールの精度を上げ、球速もアップしました。今後、日本での自主トレ、キャンプでさらに成長してくれることを期待しています。

 強いチームの条件とは

 さて、今季でコーチ業4年目となりますが、僕は強いチームづくりには4つの要素が必要だと考えています。「戦力」「変化」「心理」「士気」です。なかでも確率スポーツである野球では、配球を含めたロジックが重要です。そこで欠かせないのが自陣と相手との「心理」です。

 例えば、昨季までの富山はスクイズが皆無に等しく、同点や1点差の試合において、たとえ無死3塁でも1死3塁でも、強打してきました。これは、相手投手からすれば、心理的にも配球的にも非常に有利な立場に立つことができるのです。なぜなら、もし「ここでスクイズがあるかもしれない」という考えが頭をよぎれば、初球から真っ直ぐでいくことに迷いが生じ、それだけで脅威となります。ところが、「このチームにはスクイズはない」とわかっていれば、幅広く配球を組み立てることができます。これは非常に大きな差を生むのです。

「戦力」とはもちろん技術向上であり、「変化」とは成長、そして「士気」は戦う姿勢です。これら4つの要素を満たすことのできるチームづくりを目指して、進藤達哉監督、野原祐也プレーイングコーチと共に、強い富山を取り戻していきたいと思っています。

 そして、もう一つは「人間教育」です。結果を求められるプロである以上、勝つことは大事ですが、それ以上にBCリーグにとって重要なことがあります。それは憲章にもあるように、「地域と地域の子どもたちのため」のチームづくりです。

 新潟のコーチを務めていた昨季、こんな嬉しいことがありました。あるビジターの試合で、相手球団の後援会長が両球団の選手を前に挨拶をされた時のことです。その時、新潟の選手は全員が脱帽して話を聞いていたそうです。一方、相手球団は脱いでいる選手もいれば、かぶったままの選手もいたとか。僕はその場にはいませんでしたが、後で相手球団の関係者からそのことをうかがったのです。

 その試合、新潟が勝利をしたのですが、その関係者からは「試合前からアルビレックスには、勝つ雰囲気があった」と言ってもらいました。これには、本当に感動を覚えました。それまでやってきたことが、本当の意味で選手に伝わっていたんだなと、実感することができたからです。昨季の新潟の強さは、そういう部分が最も大きかったと思っています。

 BCリーグは選手寿命が非常に短い。1年で戦力外を通告される選手は珍しくなく、2年でリーグを去る選手はそれこそザラにいます。そして引退後、彼らは社会に出ます。そこではたとえ1年でも2年でも球団に所属していたという経歴を背負って、生きていくわけです。

 そこで「なんだ、BCリーグの富山はこんなものか」と思われることだけは、絶対にあってはいけません。なぜなら、球団のイメージを損ない、そしてこれから入ってくる後輩たちの未来を潰してしまう可能性さえあるからです。「富山の選手は、人間としてもきちんとしているな」と地域の人たちから信頼され、子どもたちから尊敬されるよう、選手の価値を上げることも、僕たち指導者の役割のひとつだと思っています。


中山大(なかやま・たかし)プロフィール>:富山サンダーバーズコーチ
1980年7月13日、新潟県生まれ。新潟江南高校、新潟大学出身。大学時代は1年時から左腕エースとして活躍。卒業後はバイタルネットに入社し、硬式野球部に所属した。リーグ初年度の2007年、新潟アルビレックスBCの球団職員となる。翌年、現役復帰し、同球団の貴重な左腕として活躍。1年目には先発の柱として9勝、リーグ4位の115奪三振をマークし、球団初となる前期優勝に大きく貢献した。09年限りで現役引退し、10年より投手コーチに。12年には球団初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。13年より富山サンダーバーズの投手コーチに就任した。
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