もうすぐ入学式の季節ですね。特に小学1年生になる子どもたちは、「学校ってどんなところだろう」「お友達ができるかな」と、ドキドキ、ワクワクしていることでしょう。子どもは好奇心が旺盛です。その対象や度合いは違っても、好奇心のない子どもは皆無と言っても過言ではないでしょう。もちろん、それは障害の有無はまったく関係ありません。そのことを改めて教えてくれたのが、坂口竜太郎くん。以前、このコラムにも登場しましたが、車いすテニスのスーパースター国枝慎吾選手が大好きな9歳の男の子です。今回は彼の新しいチャレンジの話をしたいと思います。
 竜太郎くんは2歳の時に事故で下半身麻痺となり、車いすの生活を余儀なくされました。しかし、彼の好奇心は年齢とともに、どんどん膨らんでいきました。小学校に入ってからのことです。友だちから「海に潜りに行くんだ」という話を聞いた竜太郎くんは、帰宅すると両親にこう言いました。
「あのね、○○くんが海に潜りに行くんだって! 僕もやってみたい!」

 そこで竜太郎くんのご両親は「よし、わかった」と言って、海に連れて行ったそうです。しかし、彼は下半身不随で泳ぐことはできません。「どうやって海に潜るの?」と不思議に思う人も少ないかもしれませんね。では、どうやって潜ったのかというと、お父さんが竜太郎くんを抱っこした状態で海中へと潜ったのです。竜太郎くんは、初めての海の中の景色に、大はしゃぎだったそうです。

 「かっこいいから」始めた空手

 そして、竜太郎くんが昨年から通い始めたのが空手道場です。「えっ!? 車いすなのに空手なんかできるの?」。こんなふうに驚いた人もいるのではないでしょうか。かくいう私も、最初は「どうやってやるんだろう」という疑問が頭をよぎりました。でも、竜太郎くんにとって「車いすだから」ということは関係ありません。空手をやりたいと思った理由は単純明快、「かっこいいから」。いつの時代も子どもは夢を見て、憧れを抱く天才なのです。

 実際、竜太郎くんはどのようにして空手をやっているのかといえば、車いすに座って、両腕をいっぱいに使い、威勢のいい声を出しながら元気よく「型」の練習をしているのだそうです。この姿に最も感化されたのは、道場の先生です。竜太郎くんが「空手をやりたい」と言ってきた時、先生は「よし、わかった。やってみるか」とすぐに承諾したそうです。とはいえ、先生自身、車いすの子どもを指導した経験はありませんでしたから、「果たして、どうやって教えようか」と考えていました。

 しかし、何の躊躇もなく、他の子どもの真似をし始めた竜太郎くんを見て、先生は「あ、そうか。できることをやればいいんだ」と思ったと言います。さらに「目や耳など、他に障害をもつ子どもの中にも、空手をやってみたいという子どもがいるかもしれない。じゃあ、視覚に障害をもつ子どもにはどうやって教えようか。聴覚障害の子どもには……」と、考え始めたそうです。たったひとりの子どもの好奇心が、周囲の大人の世界を広げたのです。

 工夫次第で広がる可能性

 残念なことに、日本は未だにユニバーサル社会だとは言い難いのが現状です。健常者と障害者が共存する環境はまだまだ不十分です。日常的に健常者と障害者が、触れ合う機会も少なく、相互理解がなかなか進んでいません。そのため、障害のある人が「やりたい」と思うことを、「それは無理だ」「できない」と健常者が決めてしまうケースが少なくないのです。

 しかし、障害を持った経験のない健常者には、障害者が「できる」か「できない」かは分かりらないはずです。つまり、健常者の「できない」という判断は、「できないだろう」という想像でしかなく、しかもそれは、根拠も理論も経験もないものです。

 もちろん、そのままではどうしてもできないことはあります。しかし、それはやり方やかたちを変えたり、代替するものを取り入れたりすることで、可能になることはたくさんあります。先の竜太郎くんの例をとってもみても、それは明らかです。

 障害の有無に関係なく、平等にチャレンジすることのできる世界へ――。子どもたちの旺盛なチャレンジ意欲は、そんな素晴らしい未来を見せてくれます。その実現に向けての歩みが少しでも進むように、たくさんのチャレンジの機会を実現することが使命だと強く感じています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。