世界で一番、鳥に近い人間になる――大きな夢を抱いて空を飛び続ける選手がいる。ハンググライダーの鈴木由路だ。ハンググライダーはベルトに吊り下げられた状態で、三角状になっているバーを操作しながら上昇気流をつかまえ、高く舞い上がる。競技では2000メートルから3000メートル上空を飛び、100〜200キロ先の目的地にいかに早くゴールするかを競う。この1月、自身3度目の世界選手権(オーストラリア)に出場した鈴木に、ハンググライダーの魅力や奥深さを二宮清純がインタビューした。

 競技中は上空に5時間!

二宮: 1月のオーストラリア・フォーブスでの世界選手権は32位でした。鈴木さんにとっては3度目の世界選手権でしたが、振り返ってみての感想は?
鈴木: 近年見ない過酷なレースの中で32位(日本人1位)は快挙だと思っています。今後の上位入賞への手応えを感じた大会でした。今回は天候に恵まれ、11日間の日程の中で、10日間も飛ぶことができました。その分、体力的には過酷でしたね。飛び終わって、片付けてからホテルに戻ると、夜の10時〜12時になることがほとんどでした。朝は起きて、ご飯を食べたら、すぐに出発でしたから、さすがに後半は体がきつくなってきました。トレーニングをもっと積まなくては、という課題が残った大会になりました。

二宮: 大会では、あらかじめ決められた100〜200キロほどの距離を、いかに速く飛ぶかを競います。ゴールや途中のチェックポイントを通過したかどうかは、GPSで判定するそうですね。
鈴木: 決められた地点の半径400メートル以内に入ったとGPSで判定されればOKです。選手もそれぞれ機器を持っていて自分の位置は把握できます。ただ、毎回、半数くらいの選手はゴールできずに途中で着陸してしまいますね。

二宮: 途中で地上に降りてしまった場合は、その時点で競技は終わりになるのでしょうか。
鈴木: 着陸するまでの成績になってしまいます。途中のチェックポイントでも、その都度、着陸するわけではありません。定められたエリアの上空を通過すればいい。

二宮: 時間にすると、ゴールまでどのぐらい飛び続けるのでしょう?
鈴木: 距離によって違いますが、3時間以上は飛びます。スタートする1時間30分ほど前には飛び始めているので、普通に5時間は空の上にいる計算になります。
(写真:テイクオフの瞬間)

二宮: 1時間30分も前に飛ぶのはウォーミングアップのため?
鈴木: 競技は地上からではなく、空中に浮かんだ状態からスタートします。だから、僕はギリギリになって離陸するのではなく、早めに上空にいるようにしていました。

二宮: でも、空での待ち時間が長いと疲れませんか。
鈴木: 体はグライダーにぶら下がっている状態なので、意外と力は使いません。つらいのは寒さくらいでしょうか。冬場になると上空の気温はマイナスの世界ですから。

 雲や地形、地面の温まり具合がカギ

二宮: 自然の中の競技ですから、天候が悪くて飛べない日もあるでしょう。その場合は別の日に飛ぶのでしょうか。
鈴木: いや、大会期間中、飛べた日だけで総合順位を決定します。女子の世界選手権では悪天候で1日も飛べず、大会自体がキャンセルになったこともあります。雨が降ると飛べませんし、風が強すぎても飛べません。離陸の際は、前からの風なら大丈夫ですが、横風や追い風が強すぎると危険なので、そういう時も競技ができなくなります。逆に天気が良くても快晴で雲がないと、上昇気流がわからないので厄介です。

二宮: 方向やスピードはどのようにバーを操作して変えるのですか。
鈴木: 方向は握っているバーを基本的に左右に動かすことで変えます。スピードはバーより自分の体を前に出せばアップしますし、逆に体をバーの後ろに持ってくると遅くなります。遠くに上昇気流を見つけた時には、素早く移動することが大事なので、バーを引いて体を前に出し、スピードを上げていきます。

二宮: この競技のポイントは、いかに上昇気流をつかまえて高く上がり、先へ進むか。ただ、気流は目には見えません。見つけ方のコツは?
鈴木: ひとつのサインになるのは雲ですね。積雲という、上がぽっこりした綿菓子のような雲がありますが、これは上昇気流のなれの果てなんです。だから、その雲の下にいけば上昇気流がつかまえられます。地上で野焼きをしていると上昇気流は分かりやすいですね。煙がスッと立って、一定の方向に集まったりしていると、そこに上昇気流がある。
(写真:2011年、イタリアでの世界選手権より)

二宮: 雲や煙以外にも見極める方法はありますか。
鈴木: 地形も重要ですね。たとえば東京なら新宿の高層ビル群は上昇気流が出やすい場所でしょう。周りに高い建物がない中、あのエリアだけビルがたくさん立っているので、空気が上へと流れ、上昇気流が起きます。自然の中では、平地に山がひとつだけそびえているようなところは出やすいです。極端な話、真っ平らな大地であれば、1台、車が走るだけで空気が乱れて、上昇気流が起きることもあります。

二宮: なるほど。空を飛ぶからと言って上空ばかりを見るのではなく、地形をチェックすることも重要なんですね。
鈴木: 実際には地形は複雑なので、そう単純ではありませんし、上昇気流が起きるかどうかは熱との兼ね合いもあります。昼間、太陽が地面を温めることで、地表近くの気温が上がり、空気が軽くなって上昇してくる。温まりやすいのはコンクリート、黒土、茶色の土、草地、広葉樹、針葉樹、水の順番です。たとえば、湖の近くに畑があると、そこから上昇気流が起きやすい。温まりにくい水と、温まりやすい土のコントラストで周囲の空気に温度差ができ、それが上昇気流を生みます。日が傾くにつれて上昇気流は出なくなるので、夜に飛ぶことはできません。
 
二宮: へぇ〜。そこまでくると気象予報士並みの知識が必要ですね。
鈴木: 天候や気流の変化には日頃からかなり敏感になります。日本は湿度が高く、上昇気流の場所が分かりにくい。乾燥地帯のほうが上昇気流は見つけやすいし、豊富に出ています。高層ビルのエレベーター並みのスピードで上へ押し上げてくれるんです。

 花粉はうれしくもつらい!?

二宮: 今回の世界選手権の舞台、フォーブスはどうでしたか?
鈴木: 内陸の乾燥地帯で、比較的見つけやすかったです。もちろん森や山もある地形で単純ではなかったですが、一番高く上がった時には4000メートル地点まで上昇しました。
(写真:大会中、フォーブスの上空から)

二宮: 4000メートルだとセスナ機より、はるかに上を飛ぶことになります。
鈴木: ジャンボジェット機がランディングしている時が3000メートルくらいですから、それよりも上ですね。

二宮: そんなに高いところを飛ぶと、壮観でしょうね。
鈴木: 僕の場合、競技中はあまり景色を楽しむ余裕がないですね。いかに速く飛ぶかに集中しているので、景色よりも上昇気流の場所を探すので頭の中がいっぱいなんです。

二宮: この時期は花粉も舞っていますが、さすがに上空は安心ですか?
鈴木: 花粉症なので、今は飛ぶにはつらい季節です(笑)。サングラスにマスクを2個つけて完全防備です。ただ、花粉は上昇気流を教えてくれる役割を果たしています。花粉がバーッと上がっているところには上昇気流が発生している。高く上がるためには、そこへ行きたいのだけど、花粉症の身としては行きたくないというジレンマに襲われますね(苦笑)。

二宮: 上昇気流を見つける上で地形や気象も考慮するとなると、地元の選手にはホームアドバンテージがあるでしょうね。
鈴木: 1度でも飛んでいるかどうかで、大きく違いますね。今回の世界選手権は初めて訪れた場所だったので、その土地のコンディションを理解するのに時間がかかってしまいました。

二宮: 昨年の「マルハンワールドチャレンジャーズ」では準グランプリと、審査員の大畑大介賞に輝きました。協賛金の使い道は?
鈴木: 新しいグライダーを購入しました。グライダーは基本的にひとつ150万円近くします。オプションでいろいろな機材を買い揃えたら、ほとんど使いきってしまいました。

二宮: 150万円ですか……車1台が買える値段ですね。
鈴木: 壊れなければ、ずっと乗ることはできますが、競技用となると2年くらいで寿命が来てしまいます。今回、協賛金をいただいたおかげで、オプションで軽い材質のカーボンを使ったものにできたので本当にありがたかったです。

(後編は4月17日更新予定です)


鈴木由路(すずき・ゆうじ)
1981年10月17日、東京都生まれ。ウインドスポーツ、かもたま所属。小さい頃から空に憧れ、東京農工大時代のサークル活動でハンググライダーを始める。大会出場で経験を重ね、07年の世界選手権に初参戦(総合82位)。その後、4年間勤めていた会社を退職して競技に専念する。11年の世界選手権では総合27位。日本選手権では総合4位。12年8月の第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」ではオーディションに臨んだ14選手(チーム)の中で準グランプリと審査員の大畑大介賞に輝き、協賛金230万円を獲得した。1月のオーストラリアでの世界選手権は32位(日本人1位)。日本人初の世界選手権メダル獲得が目標。167センチ、58キロ。
>>オフィシャルサイト

『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』公開オーディションを経て、7名のWorld Challengers決定!
>>オーディション(2012年8月28日、ウェスティンホテル東京)のレポートはこちら


※このコーナーは、2011年より開催されている、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(構成:石田洋之)
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