二宮: ハンググライダーをやろうと思ったきっかけは?
鈴木: 空を飛びたい。これが小さい頃からの夢でした。影響を受けたのはジブリ作品ですね。たとえば「風の谷のナウシカ」のメーヴェ(登場人物が移動に使っていた飛行装置)。ああやって空を自由に飛べたらいいなと思っていました。他にも「天空の城ラピュタ」や「魔女の宅急便」にも触発されました。中学の時にはスカイダイビングのインストラクターになりたかったほどです。高校を卒業するにあたっても、ハンググライダーサークルがある大学を探して受験しました。

(写真:雲に入ると視界が悪くなるため、上昇気流をつかまえながら、雲の間を飛ぶ)
二宮: 本当に空に憧れていたんですね。でも、飛行機のパイロットではなく、スカイダイビングやハンググライダーに興味を持ったのはなぜでしょう?
鈴木: 旅客機のパイロットは自分の飛びたいところを飛べませんから(苦笑)。動力を使わず、自力で飛びたかったんでしょうね。風を受けながら、鳥のように自由に飛べるところに惹かれたのだと思います。

 体重は重いほうが有利!?

二宮: 最初にハンググライダーで空を舞った時はどんな気分でしたか。
鈴木: 本当に気持ち良かったです。「魔女の宅急便」のオープニングで主人公がほうきで空を飛んで、ラジオから「ルージュの伝言」(荒井由実)が流れるシーンがありますよね。それをマネしてカセットテープから「ルージュの伝言」を流して飛んだこともあります。「あの人の、ママに会うために〜」と歌いながら(笑)。

二宮: 実際にひとりで飛ぶとなると、許可が必要なのでしょうか。
鈴木: 日本国内のフライトエリアで飛ぶには、日本ハング・パラグライディング連盟が認定するライセンス取得が求められます。自動車教習所で車の免許を取るのと同じように、近くのスクールに通って空を飛ぶ上での基本テクニックを習得することになりますね。ただ、初心者の方はインストラクターと一緒に2人乗りで気軽に体験もできますし、地上5メートルくらいの低空を飛ぶものもあります。僕に言ってもらえれば全国のスクールをお教えしますよ。

二宮: 飛ぶにあたって身長や体重の制限はありますか。
鈴木: 特に制限はありません。グライダーだけでも安定して飛びますから、筋力がそんなになくても大丈夫です。女性や、ある程度、年齢を重ねた方でも始められるスポーツです。

二宮: でも、体重が重いと体が浮かないのでは?
鈴木: よく言われますが、競技をする上では体重が重い方が有利なんです。普通に飛ぶときには軽くても変わらないんですけど。競技中は体重が重いほうが機体が安定するので、向かい風にも強い。少々太っているのが、むしろ好都合なんですね。僕は競技者としては体重が軽いほうで、それが弱点になっています。実際の競技の際には約10キロの鉛の重りをつけているくらいです。

二宮: 重りの規定はあるのですか。
鈴木: クラスによって制限がかかるものもあります。僕が普段飛んでいるクラスにはありません。もちろん、だからと言って重りをつけ過ぎると離陸や着陸の際のリスクが高くなるので、重りは制御可能な範囲で留めていますね。

二宮: 年齢を重ねてもできるスポーツとなれば、上昇気流の見極め方など、経験を積んだ選手のほうが有利では?
鈴木: キャリアを重ねた年配の方は強いです。30代前半の僕はまだペーペーなほうです(笑)。今回の世界選手権でも日本代表の中に59歳の方もいらっしゃいました。世界でも強豪は40代の選手が多いですね。

二宮: ということは、鈴木さんにとってのハンググライダー人生は、まだこれからですね。
鈴木: 世界のトップに立つには経験が足りません。やればやるほど、醍醐味が分かってくる。それが、この競技の魅力ですね。

 世界チャンピオンでも賞金は10〜20万円

二宮: 競技に専念するために、勤めていた会社を辞めています。今はアルバイト生活?
鈴木: はい。単発の派遣の仕事に登録して、スケジュールに合わせながら働いています。世界選手権も一段落して、また海外への遠征費も貯めたいので、定期の仕事も探しているところです。
(写真:ゴール後に記念撮影)

二宮: やはり仕事との両立は難しいのでしょうか。
鈴木: ほとんどの選手は仕事と両立して競技をしていますから、決して大変というわけではありません。ただ、僕は、この素晴らしいハンググライダーというスポーツをもっと多くの人に知ってもらいたいと感じていました。普及活動をする上で、若くて体が動くうちにいろんなことにチャレンジしたい。そう考えていると、サラリーマンを続けていたら、きっと後悔すると思うようになったんです。

二宮: 家族は反対しませんでしたか。
鈴木: 反対するしないの前に、僕自身がもう決断していましたね(笑)。

二宮: アルバイトで競技資金を貯めるのは大変でしょう。世界選手権で活躍すると、それなりの賞金はもらえるのですか。
鈴木: それが……世界選手権で優勝しても賞金自体は10万円〜20万円程度です。往復の飛行機代だけで足が出てしまいます。

二宮: ハンググライダー1台も買えないですね。
鈴木: 世界選手権クラスの大会になれば連盟から少しは補助が出ますが、基本的には遠征費は自腹です。自分自身の移動はもちろん、ハンググライダーは手荷物で持ち込めないので事前に航空便で送ります。そして現地では移動用に車とドライバーも確保しなくてはいけません。いつも出発地点に戻ってくるコースならいいのですが、スタートとゴールが違ったり、途中で降りてしまった場合には、車で迎えに来てもらわないと宿舎まで帰れなくなります。

二宮: ドライバーは現地で雇うのでしょうか。
鈴木: 現地の方に頼むと、どうしても言葉の問題が出てきます。1月の世界選手権では日本から2名、ドライバー役も兼ねて帯同してもらいました。その費用も代表選手の中でお金を出し合いました。

二宮: 海外で大会に出場すると、どのくらいの資金が要りますか。
鈴木: 頑張って切り詰めて約50万円ですね。世界選手権では大会前の準備や練習もしたかったので、3週間前に現地入りしていました。宿泊費を浮かすために本番に突入する前は公園などでテント生活をしていたんですよ。

二宮: 2年後の世界選手権の舞台はメキシコです。経験がモノを言う競技となると、1度は同じ会場で飛んでおきたいですね。
鈴木: 来年、プレ大会が実施されるので、ぜひ出場したいです。ただ、この大会に出るにあたって連盟からの補助は出ないので、遠征費などはすべて自分で確保しなくてはいけません。貯金はもちろんですが、スポンサーの支援などをいただかないと厳しいかなと感じています。

二宮: 「マルハンワールドチャレンジャーズ」の最終オーディションでは、活動資金を捻出するために、普段も安いアパートで暮らしていることを話していましたね。今も住まいは同じところですか。
鈴木: 木造で部屋が傾いていてパチンコ球を置いたらコロコロ転がっていくような部屋です。ただ、1DKで部屋は広い。トイレもお風呂もついているので、かなりの掘り出しものですね(笑)。

二宮: 大会で賞金があまり出ないとなると、現状はプロとして活動するのは難しい?
鈴木: ハンググライダーの輸入代理店やスクールを経営して生計を立てている方もいますが、そもそも競技人口が少ないので数は少ないです。賞金がいっぱい出て、子どもたちが憧れるような競技にしたい。それが僕の夢です。

 “癒し”やイベントとのコラボを

二宮: 実際、競技人口はどのくらいでしょう?
鈴木: 趣味として飛んでいる人数だと1000人くらい。その中で大会にも出ている人は200〜300人くらいです。
(写真:青空の中、雲の上まで舞い上がる 撮影協力:Hiroshi Onuma)

二宮: 競技人口が少ないと競技自体もなかなか発展しないし、メジャーにはなりません。普及活動にも力を入れたいという話がありましたが、これから、どんな挑戦をしてみたいですか。
鈴木: 確かに1000人では裾野が広がりません。競技をメジャーにするには、まず認知してもらうことが大切です。ひとつの目標としてはハンググライダーの大会をテレビ放映してもらうように働きかけたいと考えています。各選手にカメラをつけ、飛んでいるシーンを流す。GPSシステムを使えば、各選手の位置はリアルタイムで出ますから、誰が今、どこを飛んでいるのか、解説を加えながら映像とともにお届けできれば競技のおもしろさを多くの人に知っていただけるはずです。

二宮: テレビ放送するにもスポンサーが欠かせません。継続して競技をバックアップしてくれる企業を探すことも重要ですね。
鈴木: 航空関係はもちろん、「飛躍する」というテーマで、これから新しく伸びるベンチャー企業で応援していただけるところがあれば、ぜひお願いしたいです。

二宮: 空からの風景を見ると、心が洗われるという方もいるでしょう。各地の絶景を巡るテレビ番組があるように、“癒し”といったキーワードで攻めてみるのもいいかもしれません。
鈴木: それは、まさに温めていたプランですね。ハンググライダーに取り付けたカメラで空と海岸線や、広大な大地を組み合わせた映像を空撮して、音楽とともに流す。「鳥目線TV」とでも名付ければいいでしょうか。まずはYou Tubeで試験的に配信しようと制作にとりかかっているところです。
>>第1弾「JAZZ from the SKY ジャズを聴きながら見る空からの景色」はこちら(YouTube)

二宮: 空を飛んでみたいという思いは、幼い頃、誰もが1度や2度は抱く感情でしょう。童心にうまく訴えかけられるといいですね。
鈴木: そうですね。空を飛びたい人は多くても、実際にハンググライダーで飛んでいる人は少ない。いきなり空を飛ばなくても、まずはハンググライダーを見るのが楽しいというファンを増やしていきたいですね。
 たとえば山形県の南陽市では、「南陽スカイパーク」というフライトスポットがあり、そこでお祭りを開催しています。地上では出店が出ていて、特設ステージで花笠音頭のショーなどをやっている。空中ではハンググライダーが飛んでいる。そんなイベントです。最初は地上のお祭り目当てでもいいので、これをきっかけにハンググライダーにも触れてもらえるような試みが全国で企画できればと思っています。

(次回はカヌーの小松正治選手を取り上げます。5月1日更新予定です)


鈴木由路(すずき・ゆうじ)
1981年10月17日、東京都生まれ。ウインドスポーツ、かもたま所属。小さい頃から空に憧れ、東京農工大時代のサークル活動でハンググライダーを始める。大会出場で経験を重ね、07年の世界選手権に初参戦(総合82位)。その後、4年間勤めていた会社を退職して競技に専念する。11年の世界選手権では総合27位。日本選手権では総合4位。12年8月の第2回「マルハンワールドチャレンジャーズ」ではオーディションに臨んだ14選手(チーム)の中で準グランプリと審査員の大畑大介賞に輝き、協賛金230万円を獲得した。1月のオーストラリアでの世界選手権は32位(日本人1位)。日本人初の世界選手権メダル獲得が目標。167センチ、58キロ。
>>オフィシャルサイト

『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』公開オーディションを経て、7名のWorld Challengers決定!
>>オーディション(2012年8月28日、ウェスティンホテル東京)のレポートはこちら


※このコーナーは、2011年より開催されている、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(構成:石田洋之)
◎バックナンバーはこちらから