【注目の一戦はリゴンドーの完勝】

“スーパーバンタム級の頂上決戦”と評判を呼んで4月13日に行なわれたWBO世界同級王者ノニト・ドネア対WBA世界王者ギジェルモ・リゴンドーの一戦は、ふたを開けてみればリゴンドーの圧勝に終わった。
 序盤にミドルレンジからカウンターを打ち込んで相手を警戒させ、中盤は足を使ったアウトボクシング。そして終盤11ラウンドから再びペースを上げたキューバ人は、最終ラウンド、右目が腫れて塞がりかけたドネアに容赦ない左を浴びせて試合を締めくくった。
(写真:ドネア有利の予想を覆すリゴンドーの完勝だった Photo by Kotaro Ohashi)
 10ラウンドにドネアが力づくで奪ったダウンを除けば、ほとんど一方的な内容。ダウンもダメージはなく、安全運転を続けていたリゴンドーにとっては目覚ましとなった感もあり、以降のペースアップに繋がった。

「仕事をやり遂げた。動き廻って、アウトボクシングで彼の良さを殺してみせた。(ダウンはあったけど)1発当てただけでは勝てないよ」
 そんなリゴンドーの試合後の言葉通り、勝敗は誰が見てもほぼ文句のないものだった。ジャッジの採点は116—111、115—112、114—113と意外にも競っていたが、ドネアがプロモーターのトップランク社と、放映権を握るHBOの期待を集めていたボクサーだったことを考えれば、小差のラウンドがそちらに流れたのも、ある程度は仕方ないところだろう。採点発表後、ドネアファンが大半だった満員(6145人)の観衆から異論らしき声が聴かれなかったことがすべてを象徴していた。

【リゴンドーの戦法は「逃げ」だった?】

 多くの媒体から2012年の年間最高選手に選ばれたドネアを完封したことで、これまで“謎のボクサー”扱いだったリゴンドーの能力は満天下で証明された。アマで400戦以上を戦ったと言われ、五輪2連覇(シドニー、アテネ)の豊富なキャリアに裏打ちされたディフェンス技術は天下一品。カウンターのタイミングも抜群であり、この魔術師に勝つことは誰にとっても並大抵ではないだろう。

 ただ、勝敗だけでなくエンターテインメント性も重視されるアメリカのボクシング界で、リゴンドーのファイトスタイルは必ずしも良い評判ばかりではなかった。ときに相手に背中を向けて“ランニング”を続けた5〜9ラウンドは、プロとしては見栄えが悪かったのも事実。「まるで難解なパズルのよう」と評された戦いぶりに、試合後には軽い論争が巻き起こった。
(写真:“ヒット&ラン”戦法には批判の声も少なくなかった Photo by Kotaro Ohashi)

「Yahoo! Sports」のケビン・アイオリ記者は「プロキャリアで最高の勝利を挙げた夜でさえ、リゴンドーは事実上の敗者だった」と否定的な見解を述べた一方、「リング」誌のマイク・コッピンジャー記者は「リゴンドーはドネアにボクシングのレッスンを施した」と絶賛した。それぞれの好み、見方によって、リゴンドーのボクシングへの評価は分かれるに違いない。

 是非を極端に断言する意見が多い中で、真実はその中間あたりにあったのだろうと筆者は考えている。リゴンドーのディフェンス技術はビューティフルだったが、一方で手数が少な過ぎるラウンドが多かったのは事実だし、相手に背中を向けるのはやはりやり過ぎである。中盤のラウンドで、もっとメリハリを付けてくれれば、否定論者はより少なくなっていたことだろう。

 もっとも、「ボクシングを知っている人は良い試合だと分かったはずだ」と語ったリゴンドー、「打ちつ打たれず。キューバのボクシングをお見せできた」と述べたトレーナーのペドロ・ディアスは、そんな論争には興味なし。このはっきりとした姿勢があったからこそ、破格のパンチャーであるドネアをあれほど奇麗に完封できたのだろう。

【リゴンドーの今後】

「動きは素晴らしいし、パワーもある。ただ、あそこまで足を使ってしまうと試合は面白いものにはならない。リゴンドーをプロモートするには、私は81歳にして、これまでで最高の仕事をしなければならないよ」
 試合後、ドネア、リゴンドーの両方を抱えるトップランク社のボブ・アラムプロモーターは結果に必ずしも満足そうではなかった。

 パッキャオに続く存在として投資を続けてきたドネアの快進撃がストップ。しかも勝ち残ったのが、歴史的なほどのディフェンス技術を誇り、同時に客を喜ばせることには、まるで興味がないボクサーだけに今後の展開は難しくなる。
(写真:百戦錬磨のボブ・アラムにとっても、リゴンドーの売り出しは今後も簡単ではなさそうだ Photo by Kotaro Ohashi)

 プロ12戦全勝(8KO)となった32歳のリゴンドーは、ドネア戦では75万ドル(約7500万円)を稼いだ。しかし、試合を中継したHBO、その視聴者が今回の試合内容に満足したとは思えず、近未来に同等の報酬を受け取るのは至難の業だ。その上、やり難さも誇示しただけに、次なる対戦相手探しも容易ではないはずだろう。

 現時点で今後の相手候補とされているのが、クリスチャン・ミハレス(47勝(22KO)6敗2分)、ビック・ダルチニヤン(38勝(27KO)5敗1分)といった元世界王者たち。この2人は少なくともコアなファンを惹きつけるだけのネームバリューはあり、相手を選り好みしている余裕のない近況でもあるだけに、超絶テクニシャンとの対戦も受けるかもしれない。特にミハレスは4月20日に予定されるビクター・テラサスとのWBC スーパーバンタム級王座決定戦に勝てば、一躍、最有力候補に浮上することになりそうだ。

 将来的にはフェザー級でクリス・ジョン(48勝(22KO)3分)、マイキー・ガルシア(31戦全勝(26KO))といった王者たちとも対戦してもらいたいもの。特にガルシアはドネアのトレーナーの実弟だけに因縁の一戦となるが、実現するとしてももうしばらく先になりそうだ。

【ドネアが向かう場所】

 この12年間、29試合に渡って無敗だったドネアは、ここで手痛い敗北を味わう結果となった。
「仕事を果たせなかった。ジャブを使い、サイドに動くこともしなかった。言い訳はしないよ。接戦だったと思うけど、勝ったのは彼だ」
 試合後にはリング上でそう語り、潔く完敗を認めている。

 去年はウィルフレッド・バスケス、ジェフリー・マセブラ、西岡利晃、ホルヘ・アルセを4タテするなど破竹の勢いで、今回の試合でもファイトマネーは軽量級としては破格の132万ドル(約1億3200万円)。商品価値はうなぎ上りで、リゴンドー相手にも有利とも目されていただけに、本人もショックは大きいに違いない。
(写真:相手の上手さを考慮しても、ドネアの攻撃は単調な感は否めなかった Photo by Kotaro Ohashi)

 ただ、その一方で、ここでの敗北は良薬にもなり得るのではないか。
「(ファイト)スタイルを変えなければいけない。自分らしくなかったし、変化が必要だ。自身を再確認するために、これ(敗北)は必要だった」
 トップランク社のレポーターによると、ドネア本人も試合後にそう反省していたのだという。実際に昨年のバスケス戦、マセブラ戦あたりでも顕著だった通り、ここしばらくのドネアは力任せにパンチを振り廻し過ぎる傾向があった。西岡戦の戦い方は驚くほどに緻密でシャープだったが、リゴンドー戦では再び中間距離からのフックに固執し、パワーに依存してしまっているように映った。

 最強の武器であるスピードと左フックを生かす手段として、ジャブ、ストレートパンチを有効に使う術を思い出してほしい。西岡戦の戦い方からさらに肉付けしたようなスタイルに磨きをかければ、別次元の守備力を誇るリゴンドーはともかく、他の相手には攻略の難しいボクサーに戻れるだろう。

 痛めていたという左肩を手術し、夫人が初子を出産するのを待って、復帰戦は秋頃になりそうという。この敗北の後でも、トップランク社とHBOがより大きな期待をかけるのは依然としてリゴンドーではなくドネアのほう。フェザー級転向が確実視されているが、1つ上の階級でもファン・マヌエル・ロペス、オルランド・サリドらとのビッグマネーファイトが待ち受けている。トップランク社は中国進出を目指しているだけに、クリス・ジョンとアジアの舞台で激突するビッグファイトも不可能ではないだろう。

 ファンを喜ばせることに全力を尽くすドネアが、誰にとっても魅力的なボクサーであるのに変わりはない。挫折の後で、“フィリピーノ・フラッシュ”がさらに大きくなって戻ってくるのを楽しみにしているボクシングファンはいまだに多いはずである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
Twitter>>こちら
◎バックナンバーはこちらから