4月最後となった30日のアストロズ戦は、今季ここまでのヤンキースの足取りを象徴するかのようなゲームだった。
 先発した黒田博樹は立ち上がりは制球に苦しみ、3回までに67球を投げる厳しい内容。毎回のように得点圏に走者を背負う投球を観る限り、長く辛い夜になってしまうかと思われた。
(写真:すっかり右のエースとして確立した黒田の1年を通じた活躍も必須だ Photo By Kotaro Ohashi)
 しかし、4回以降は立ち直った黒田は、結局は7回無失点で今季4勝目(1敗、防御率2.25)。打線もイチローの3安打、トラビス・ハフナーの3安打3打点の活躍などで合計15安打を放ち、効果的に援護点を挙げていった。

「月の終わりは、きれいに締めくくりたいものだし、良いベースボールをプレーし続けたい。それらの重要なことを果たせてうれしく思う」
 ジョー・ジラルディ監督のそんな言葉通り、ここで、また1勝を加え、ヤンキースは4月を16勝10敗という好成績で終了。最初の5戦で4敗と苦しいスタートを切った際はどうなるかと思われたが、7日以降は15勝6敗と建て直したのはさすがだった。

 デレク・ジーター、アレックス・ロドリゲス、カーティス・グランダーソン、マーク・テシェイラといった重鎮たちを欠いたヤンキースが、今季は苦戦するだろうと考えたメディア、ファンは少なくなかった。
 筆者もその中のひとりであることを否定しない。特にチームの顔であり続けてきたジーターの左足首の回復が遅れてしまったショックを考えれば(新たに亀裂骨折が見つかり、復帰はオールスター前後の見込み)、開幕前の予想以上に低迷していても不思議はなかった。
(写真:ジーターの復帰遅れはチームに大打撃かと思われたが…… Photo By Kotaro Ohashi)

 しかし、例年に比べて人材不足でも、ヤンキースはやはりヤンキース。ロビンソン・カノはさすがの活躍(打率.324、8本塁打、18打点)をみせている。好成績を残しているのはこのドミニカ産の天才打者だけではない。ハフナー(.304、6本塁打、17打点)、バーノン・ウェルズ(.298、6本塁打、13打点)、ライル・オーバーベイ(4本塁打、12打点)といった開幕間近に駆け込み移籍してきたベテランたちが意外な働きでチームを支えているのだ。

「(サポーティングキャストのプレーぶりを)喜ばしく思う。常にきれいな戦い方ができているわけではないが、必要なときにクラッチヒットが飛び出している。投手陣も良い仕事をしてくれている。好調期間に到達するのに時間がかかった選手もいるけど、調子を上げてきてくれている」

 ジラルディ監督が語るように、脇役たちがチームを支えてくれている間に、当初は不調だったイチロー、エドュアルド・ヌネスらも徐々に復調気配。イチローは4月最後の7試合で打率.407(27打数11安打)と急上昇し、5月1日にも今季初の三塁打を放つなど、打線の起爆剤になりつつある。

「(故障者続出でも勝ち続けるのは)他のチームではあり得ないと思うよ。何とかしようという思いもここは強い」
 イチローもそう表現していた通り、ときにカウントを稼ぎ、ときに走者を進める打撃に徹し、勝利に向かって真っ直ぐ進む姿勢がヤンキース内では徹底されている。1点差試合でも5戦全勝と強さを見せているのは、接戦でもそれぞれが仕事を果たしているからだろう。
(写真:徐々に調子を上げてきたイチローも多くの得点に絡み始めている Photo By Kotaro Ohashi)

 これが過去18シーズン中17度もプレーオフ進出を果たしてきた伝統の強さか、いわば“飛車角抜き”の状態で過去と同じ戦いができているのは見事である。現時点でメジャー最高成績のレッドソックスに2.5ゲーム差の位置に留まってきたことは、ヤンキースというオーガニゼーションの底力を示しているのだろう。

 もっとも、今季はまだ27戦が終わった時点。いわゆるスモールサンプルに過ぎず、“名門が強さを発揮している”と結論づけるのは早過ぎる。
 ハフナー、ウェルズ、オーバーベイといったベテランたちを開幕直前に獲得することがなぜ可能だったかといえば、ここ数年不振だったため。彼らはすでに黄昏期と目され、1年を通じて活躍できる力は残っていないと他チームから判断されていたからだ。だとすれば、その選手たちが今後もサプライズな仕事を続けられるのかどうかは疑問符もつく。
(写真:今季序盤戦は好調なウェルズも、近年は成績が停滞していた Photo By Kotaro Ohashi)

 穴埋め選手たちの調子がやや低下を始めた頃、タイミングよくケガ人たちが帰ってきてくれればベストではある。しかし、5月以降に戦列に戻れそうなグランダーソンやテシェイラも、すぐに力が出せるかどうかは未知数。重傷からの帰還を目論むジーター、A・ロッド、マイケル・ピネダらは、今季中に現実的な戦力になるのかも微妙なところである。
 
 そうなると、カギはやはり投手陣ということになってくるのだろう。ここまで打線にばかり焦点を当てて語ってきたが、一部の主力投手たちがヤンキースの序盤戦の建て直しの立役者だったことも忘れるべきではない。

「開幕直後は苦戦したけど、その後は投手陣がよく投げてくれた。3〜5点くらいの得点で勝ってこれたのは投手の頑張りのおかげだ」
 ジラルディ監督も目を細めていたが、CCサバシア、黒田、アンディ・ペティートという3人は合わせて11勝5敗、防御率2.88。このベテラン先発投手3人から、守護神マリアーノ・リベラ(ここまで11度のセーブ機会をすべて成功)へと繋ぐ継投策が今季もチームの必勝パターンとなっている。

 とはいえ、第4、第5先発投手のフィル・ヒューズ、イバン・ノバは2人でわずか1勝で、ノバはすでに故障者リスト入り。チーム防御率4.00はメジャー18位に過ぎない。これから先も32歳のサバシア、38歳の黒田、40歳のペティート、43歳のリベラという高齢投手たちに依存する部分は大きいはず。疲れの出る夏場に向けて、必ずしも順風満帆の陣容とは言い切れまい。

 いずれにしても、低い前評判でスタートした今季は、ヤンキースにとって波瀾万丈のシーズンであり続けそうな気配である。これから先もパッチワーク打線が効果を発揮し、ベテラン投手陣が踏ん張り、プレーオフ戦線を邁進して行くのか。ケガ人たちが徐々に復帰し、チームにさらに勢いをつけていくのか。あるいは例年と比べての層の薄さが響き、少しずつ失速していってしまうのか。

 序盤戦の頑張りは“伝統の力”をアピールするのに十分だったが、まだまだ先は長い。本当にさまざまなシナリオが考えられ、それゆえに興味深い。ヤンキースにとって近年で最も先が読みづらいシーズンは、始まったばかりである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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