かつてオリックス・バファローズでも指揮を執ったテリー・コリンズ監督が率いるメッツに、新たなエースが台頭して全米的な話題を呼んでいる。
 新星の名は、マット・ハービー。昨季にデヴューした24歳の本格派右腕は、今季ここまで4勝0敗、防御率1.44と、ほぼ完璧な投球を続けてきた。193cm、102.1kgの恵まれた体格から投げ下ろす速球、スライダーは威力十分。5月7日のホワイトソックス戦では7回まで完全試合を続け、老舗「スポーツ・イラストレイテッド」誌でも表紙を飾った。
(写真:ハービーは瞬く間に全米的なセンセーションを巻き起こした)
「まるで(トム・)シーバーのような投球スタイルだ。素晴らしい投手になる大きなチャンスがある」
 開幕直後に対戦したフィリーズのチャーリー・マニエル監督は、通算311勝の大投手を引き合いに出してハービーを絶賛していた。そんな比較はさすがに時期尚早としても、メッツの本拠地シティ・フィールドで開催される今季のオールスターゲームでの先発登板も、もう夢物語ではなさそうである。

 もっとも、こうして新エースが確立したからといって、メッツが急浮上を始めているというわけではない。
 過去4年連続で負け越しレコードが続くチームは、今季も5月16日時点で15勝23敗。熱血漢のコリンズ監督は必死に選手たちを鼓舞しているものの、15日までの直近18試合中13戦で3得点以下に終わった貧打は、いかんともし難い。過去24年で21度、ポストシーズン進出を逃してきたメッツが、今年もプレーオフに進むことなくシーズンを終えることは、すでにほぼ確実とみられている。
(写真:敗戦が続く厳しいシーズンの中でも、コリンズ監督の闘志は衰えていない Photo By Kotaro Ohashi)

 しかし、今季のこうした低迷は、開幕前から予想されていたことではあった。現実的に考えて、今のメッツの戦力は同地区で上位につけるナショナルズ、ブレーブスに遠く及ばず、同じく再建途上のマーリンズをなんとか上回るのが精一杯だろう。

「現在と未来のバランスをうまくとっていかなければならない。長期での目標を頭に置き、その一方で、もちろん当面の戦いも大事だ」
 サンディ・アルダーソンGMは一応はそう語っているが、フロントの視線が早くも2014年に向いていることは明白。そして、たとえ今季、どれだけ負けようと、来季以降を見据えた場合、メッツの行く手には実に楽しみな未来が広がっているようにも思える。 

「ハービーの方が上だ!(Harvey is better!)」
 ナショナルズの怪童スティーブン・ストラスバーグとハービーの投げ合いになった4月19日の試合中、シティ・フィールドはそんな大コールに包まれた。実際、この日のハービーは強力打線のナショナルズを7回1失点に封じ、知名度で上回るストラスバーグに投げ勝っている。

 ハービーの実力は恐らくは本物。素材ではジャスティン・バーランダー(タイガース)に匹敵すると目される新エースが台頭し、軸になる投手が手に入ったことの意味は大きい。
 そしてマイナーリーグには、ポテンシャルではそのハービーをも上回ると高く評価されるザック・ウィーラーという新星が出番を待っている。さらに、彼らの未来の女房役として、メジャー全体を見渡しても捕手ではトップクラスのプロスペクトとみなされるトラビス・ダーノーも故障からの復帰を目論んでいる。

 2年前にカルロス・ベルトランをトレードして獲得したウィーラー、今オフにR.A.ディッキーと引き替えに手に入れたダーノーは、それぞれ夏までにはメジャー合流の予定。昨夏にハービーを昇格させてメジャーの水に慣れさせたのと同じように、来年に向けて彼らに経験を積まさせるのがメッツの青写真である。

 加えて今オフには、ヨハン・サンタナの6年契約とジェイソン・ベイの4年契約(マリナーズに移籍後も、残り1年分を負担)が晴れて満了する。おかげで約4000万ドル(約40億円)のサラリーが浮き、その金を弱点である外野陣の補強につぎ込むこともできるのだ。
(写真:チームの顔であるライトは今季から正式にメッツのキャプテンに就任した Photo By Kotaro Ohashi)

 もちろんハービーが頭角を現したからといって、他のトッププロスペクトも開花すると決まったわけではない。むしろ、3人が3人ともモノになるのは容易ではないだろう。それでも、大都市チームでありながら、チームづくりで大事な投手、捕手をマイナーでじっくり育成するメッツの方向性には好感が持てる。

 シナリオがうまく運べば、メッツは過去3年で2度も世界一に就いたジャイアンツのようなチームになる可能性もあるのではないか。ジャイアンツには2010年までに右腕のマット・ケイン、ティム・リンスカム、左腕のマディソン・バムガーナーという生え抜きの3本柱が台頭。リーグ屈指の好捕手に成長することになるバスター・ポージーとともに、チームの主力となっていった。それと同じように、ハービー、ウィーラー、ジョナサン・ニース(昨季14勝をあげた今季の開幕投手)という3本柱とダーノーが順調に育てば、リーグ全体を恐れさせるコアメンバーになるはずである。

 このようにトンネルの向こうにうっすらと見えて来た明るい未来に向けて、今季は様々な意味で準備を進めるシーズンとなるのだろう。内野陣を形成するデビッド・ライト三塁手、アイク・デイビス一塁手、ルーベン・テハダ遊撃手、ダニエル・マーフィー二塁手のうち、来季以降も安泰なのは今季も合わせると総額1億3800万ドル(約138億円)で新たに7年契約を結んだばかりのライトだけ。外野の一角を務めるルーカス・デューダまで含め、勝てる選手を見極めるべく、“人材の選別”が始まっている。
(写真:1割台の打率で低迷するデイビスは脆さを改めて暴露している感があるPhoto By Kotaro Ohashi)

 そして、“勝利へのオーディション”に臨んでいるメンバーには、今季で契約切れを迎えるコリンズ監督も含まれる。過去2年は限られた戦力で77、74勝をあげたことで賞讃されたが、これまで優勝経験のない監督だけに、ファンにも、いわゆる“橋渡し”役と考えられている。来季以降、チームが本気で勝ちにいったとき、後任が用意されても不思議はないはずだ。

「私の仕事がどうこうという話ではなく、チームのことを考えなければならない。自分の契約延長を頭に置いて、投手たちに無理をさせるなんてことは絶対にあり得ない。そんなことは馬鹿げているよ」
 4月30日のマーリンズ戦では、2日連続で登板していた抑えのボビー・パーネルを起用せず、おかげで逆転サヨナラ負けを喫してしまった。それでもコリンズは試合後、28歳のクローザーの将来の方が目先よりも大事だと断言。その潔さと選手を思う姿勢ゆえに、リスペクトを集める結果になった。

 過渡期に迎える戦力不足のシーズンだけに、チーム成績でアピールするのは難しい。そんな状況下でも、“この監督に将来も任せたい”とフロントや主力選手に考えさせる何かを提示できれば評価は変わる。そのときには、チームが勝負をかける来季以降もコリンズ残留の可能性が膨らんでくるかもしれない。

 現在は日本人選手も所属しておらず、メッツは日本のファンに馴染みの薄いチームとなってしまった。それでも、多少時間はかかってもマイナーで若手選手を育て、地道な方法で低迷期を脱しようとするプロセスには見応えがある。今季の優勝争いは難しいだろうが、長い目で見守る楽しみが今のメッツにはある。

 オールドファッションなリカバリーロードは、近未来の栄光に繋がるのかどうか。話題を集め始めた若きエースと、日本球界も経験した指揮官は、これから先も活躍を続けるのか。そして、マイナーで腕を磨くトッププロスペクトたちは順調にデヴューを飾れるのか……。

 まだ疑問点は多いものの、再建途上のメッツの向こうに、明るい未来がうっすらと見えてきている気がしてならない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。
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