世間の憎悪を浴びる「監督」引き受けますか?
大人になったら何になりたいか。
昭和生まれの男子小学生の場合、人気No.1、少なくとも3位以内だったのはプロ野球選手だった。平成に入るとサッカーが急速に台頭し、いまはバスケットが人気急上昇中かもしれない。いずれにせよ、スポーツ界で活躍する存在になるというのは、いまも昔も変わらぬ少年たちの夢であり続けている。
では、年齢を重ねた少年たちは、何に憧れたか。プロ野球選手にはなれなかった。Jリーガーにもなれなかった。いまは会社員として生計を立てている。そんな大人たちが、生まれ変わったらやってみたいと夢見た仕事のNo.1はなんだったか。
監督、という職業がリストの上位に名を連ねていたのは間違いない。スポーツ界の名将と言われた人たちが、次から次へと自己啓発本的なものを出版し、ベストセラーになるのが珍しくなかったのも、元少年たちの夢や憧れと無縁ではなかった気がする。それが、昭和であり平成だった。
令和の大人たちは、いま、プロ野球の監督に、あるいはサッカー日本代表の監督に憧れているだろうか。なれるものならなってみたい、と考える層は、昭和や平成と同じ厚みを保ち続けているだろうか。
絶滅した、などというつもりはさらさらない。本田圭佑は、ライセンスがなくてもやらせてほしい、と声をあげた。いつかはNPBで指揮を執るために、虎視眈々と機会をうかがうプロ野球OBであれば、確実に何人かは思い浮かべることもできる。
ただ、冗談まじりではあっても「絶対にやりたくない」と口にする人も増えた。プロのOBだけではない。おそらくは未来永劫(えいごう)そんな機会には巡り合わないであろうわたしの友人の中にも、「考えたこともない」と監督という職業への憧れを否定する人間がいる。
「だって、大変すぎるから」
確かに、現代の監督は以前の監督たちとは比べ物にならないぐらい、余計な重圧を背負わされている。
いや、ひょっとしたら重圧の大きさ自体は変わらないのかもしれないが、いまは見たくもない情報までスマホから目に飛び込んできてしまう時代である。
新聞のスポーツ欄を読まなければ、テレビのスポーツコーナーを見なければ遮断することも可能だった自らに対するネガティブな情報が、いまは、想定外のタイミングで突き刺さってくる。中には自分のことを憎悪しているとしか思えないようなものもある。
監督という仕事は、世間の憎悪を浴びる仕事にもなってしまった。
これは日本に限った話ではない。ドジャースのロバーツ監督だろうが、マンCのグアルディオラ元監督だろうが、一度の敗戦でクソミソに叩かれる。わたしは、ペップがその師クライフを超えたとは思わないが、受けてきた誹謗中傷の数ではとうの昔にぶっちぎっている、と確信している。
ただ、それでもやる価値はあると考える人はいるかもしれない。なにしろ、昨年のペップの年俸は約40億円である。ロバーツ監督は約12億円。受ける重圧の対価としては十分に成り立つ、と見ることもできる。
問題は、そこまでの報酬を約束できないチーム、あるいは団体である。
就任以来、1年ごとに順位を落としてきたカープの新井監督の続投が決定した。彼の今年の年俸は推定8000万円。この条件で、あの逆風。あなたなら、引き受けますか?
<この原稿は26年9月24日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>