プロボクシング注目の一戦が行われる8月25日まで、いよいよ1カ月を切った。この日、東京・有明コロシアムで、ロンドン五輪ミドル級金メダリスト・村田諒太(三迫)がプロのリングに登場する。プロデビュー戦の相手は東洋太平洋ミドル級王者の柴田明雄(ワタナベ)。いきなりの「日本人ミドル級最強決定戦」を見逃すわけにはいかない。
 そして、この8月25日には、もうひとつ楽しみなカードがある。神奈川・スカイアリーナ座間での日本ライトフライ級タイトルマッチ。王者・田口良一(ワタナベ)に“モンスター”と呼ばれる20歳のスーパールーキー井上尚弥(大橋)が挑む一戦だ。

 井上は“モンスター”と称されるに相応しいライトフライ級の逸材である。
 小学生になってすぐに父の指導の下、ボクシングを始めた彼は、新磯高(現相模原青陵高)1年時に、いきなり3つのタイトル(インターハイ、国体、高校選抜)を獲得。この時点で多大な注目を集め、その後も躍進。3年の時には、アマチュア日本一を決める「全日本選手権」でも優勝を果たすなど、高校生としては史上初の「アマ7冠」を達成した。

 2012年には、ロンドン五輪の予選会となる「アジア選手権」に出場し、決勝まで進むが、ここでカザフスタンのビルジャン・ジャキポフに判定惜敗。あと一歩のところで五輪出場を逃すも、井上は、この直後に、さらなる高みを求めてプロ入りを決意。大橋ジムに入門した。

 その年の10月にはプロデビュー。東洋太平洋ミニマム級7位にランクされていたクリソン・オマヤオ(フィリピン)に4ラウンドKO勝ちを収めると、その後も連勝。現在の戦績は3戦3勝(3KO)だ。

「パンチ力とスピード」「当てるのではなく、しっかりとパンチを打ち抜ける」「パンチの打ち分ける角度とコンビネーションの多彩さ」「距離の取り方と攻めのタイミングの良さ」「当て勘の良さ」……。井上の強さについては、さまざまに言われるが、最も注目すべきは志の高さだろう。

 彼は、大橋ジムに入門する際、ひとつの条件を出している。それは「強い選手とマッチメイクしてほしい。弱い相手とは闘わない」というもの。

 この言葉の持つ意味は何か? それは戦績だけを輝かしくするために、モチベーションの怪しい外国人選手との試合を重ねるのは御免だということである。つまりは、ファンをあざむく「亀田方式」を否定したのだ。

 亀田興毅はデビュー直後、モチベーション高く自らに挑んでくる日本人選手との対戦を避け続けた。だが、井上は違う。過去の実績を誇示し、それに頼るのではなく、まずはライトフライ級で日本で一番強いと言われる相手と真摯に対峙する。この違いは志の高低を表しているのではないか。

 今回の対戦相手、現日本王者の田口も志高き選手である。20戦18勝(8KO)1敗1分の戦績を誇り、WBA3位のランカーでもあり、十分な実力を備えている。

 だが、今回の一戦、大方の見方通り、私の予想も「井上の勝利」だ。総合的に見て、井上に死角はない。

 井上がプロ4戦目で日本タイトルを獲得すれば、これは平仲明信(ジュニアウェルター級)、辰吉𠀋一郎(バンタム級)らに並ぶ最短記録。そして次は、世界タイトル最短奪取(日本人では、井岡一翔のプロ7戦目)の記録更新に注目が集まることだろう。

 ただ、私は最短記録にあまり興味はない。これにはマッチメイクの妙もからむし、何も早く腰にベルトを巻けばよい、というものでもないだろう。

 それよりも井上に期待したいのは「リアルチャンピオン」、そう「統一王者」である。少し先の話にはなるが、WBA、WBC、IBF、WBO4団体の王座を統一する初の日本人ボクサーになってもらいたい。“志高きモンスター”井上は、その可能性を秘めている。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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