改めて1球の怖さを実感したリーグチャンピオンシップでした。後期覇者・徳島との対決は残念ながら3連敗。2年連続の年間優勝を逃してしまいました。ポイントになったのは第1戦の8回です。7回に香川は1−1の同点に追いつき、ピッチャーはセットアッパーの田村雅樹にスイッチ。先発の渡辺靖彬が試合をつくってくれただけに、リリーフ勝負で勝利をもぎとる計算でした。
 しかし、内野のエラーで出たランナーをタイムリーで還され、1点を勝ち越されてしまいます。なおも2死二塁。迎えるバッターは香川に去年在籍していたキャッチャーの小野知久です。簡単に2球で2ストライクと追い込んでの3球目。状況を考えれば、慌てて勝負に行く場面ではありません。バッテリーは高めの吊り球で、あわよくば三振を狙おうとしていました。

 ところが、追い込んで「早く抑えたい」と気がはやったのでしょうか。田村の投じたボールは中途半端な高さとなってしまいます。打ち頃のボールを小野がうまく叩くと打球はライトスタンドへ。試合を決める2ランを打たれてしまいました。

 1点差なら、まだ攻撃は2回ありましたから、何が起きたか分かりません。しかし、徳島の強力なリリーフ陣に対して、3点ビハインドはあまりにも重すぎました。結局、終盤の競り合いを落としたことでシリーズの流れは一気に徳島に傾いたように感じます。

 第2戦はエースの又吉克樹が先に失点し、投手戦に敗れて0−2の敗戦。3戦目からは徳島での試合となり、ホームでの連敗をはね返す地力は、もう残っていませんでした。第3戦は初回から徳島に得点を重ねられ、0−8の完敗……。返す返すも初戦の1球が悔やまれる結果となりました。

 田村は今季1年目ながらリーグ最多の64試合に登板しました。前回も紹介したようにライアンこと小川泰弘(東京ヤクルト)のフォームをマネたり、試行錯誤しながら、1年間、よく投げたと思います。ただ、それも、たった1球で報われなくなってしまうのがプロの厳しさです。

 この経験をバネに、田村にはもう一回り大きく成長してほしいと願っています。来季は彼にとってNPBへ本格的に挑戦する1年になるでしょう。地元出身で周囲の期待は大きく、昨季以上に注目される中でレベルアップした姿を見せなくてはなりません。

 今オフの課題は前回も指摘した球威のアップです。フォームの修正で球速は140キロ台中盤が出るようになったとはいえ、NPBへ行くにはもう少しスピードが必要です。また初速と終速の差が大きく、バッターの手元での伸びを欠きます。その原因はボールの回転数が足りないこと。もともとひじが固く、ムチのようにしならせる投げ方ではないため、スピンがかかりにくいのです。

 ひじの軟らかさは生まれつきの部分もあり、20歳を過ぎて急にしなやかさを身につけるのは簡単ではありません。ならば、ひじの柔軟性も大切にしながら、腕にもっと力をつけてパワーピッチングを極めるのもひとつの方法です。この秋の練習から、彼には上半身のウエイトトレーニングをもっと取り入れるように指示を出しました。この冬、どれだけパワーアップできるか。それが彼の今後の野球人生を左右するはずです。

 又吉は13勝(4敗)をあげ、最多勝に輝きました。NPBスカウトの注目度も高く、24日のドラフト会議が楽しみです。四国で長いシーズンを投げ抜く経験を積めたことは上のレベルでも生きるでしょう。前期は怖いものなしでストレートで押すピッチングだったのが、結果を残して相手からマークされ、疲労も蓄積してきた時にどう対処するか。大きな舞台でいかに自分をコントロールし、いつも通りの感覚で投げられるか……。

 後期は勝てない時期が続き、チャンピオンシップでも0−0の投手戦で先制タイムリーを許し、敗戦投手になりました。いい時ばかりでなく、苦い試合もあり、本人にとっては勉強になったのではないでしょうか。

 NPBはもっとシビアな世界です。どんな状況であれ、最終的には結果を残さなくては生き残れません。又吉にとって一番の武器はサイドから右バッターのインサイドを突くストレートです。自分の持ち味を忘れることなく、さらにそれを生かして活躍してほしいと願っています。

 勝った徳島は投打のバランスが整っていました。初戦に先発した岩根成海は4年目だけあって、今季のピッチングにはうまさが加わっていましたね。緩急を駆使し、コーナーに投げ分けてバッターの打ち気をそらしていました。

 それでも積極的に打っていけば、まだ岩根にもプレッシャーがかかったでしょう。ところが香川のバッターはどうしても慎重になり、カウントを悪くして打たされたケースが目立ちました。対照的に徳島の選手はファーストストライクからどんどん振ってきたため、かえって香川のピッチャーが慎重にならざるを得なくなっていました。ボールが先行し、ストライクを取りにいったところを逃さず打つ。振り返ってみれば投打ともに徳島が一枚上手だったと言えます。

 徳島はこれから独立リーグ日本一を賭けた戦いに臨みますが、負けたチームは来季へのスタートです。NPBでも10月、11月はみやざきフェニックス・リーグに秋季キャンプと若手選手にとって一番、ハードな季節。僕がヤクルトにいた時はフェニックス・リーグ期間中に、先発前日でも夜間練習で腹筋を2000回やったり、クタクタな状態でマウンドに上がっていました。これはおそらく他球団も似たような状況でしょう。

 僕たちもNPB以上の厳しさを持って練習に取り組まなくては差は縮まりません。まずはピッチャーには徹底した走り込みを課し、体力強化に励んでもらっています。おそらく、どの選手も足はパンパンでしょうが、シーズン中にはできないことをやらないと力はつきません。

 チャンピオンシップ3連敗でショックを受けていた選手たちも、もう前を向いて走り出しています。グラウンド上の悔しさはグラウンド上でしか晴らせません。来季こそは最後まで勝って終われるよう、全員で一丸となってこの秋を頑張り抜きます。香川の皆さん、1年間、たくさんの応援をありがとうございました。  

伊藤秀範(いとう・ひでのり)プロフィール>:香川オリーブガイナーズコーチ
 1982年8月22日、神奈川県出身。駒場学園高、ホンダを経て、05年、初年度のアイランドリーグ・香川に入団。140キロ台のストレートにスライダーなどの多彩な変化球を交えた投球を武器に、同年、12勝をマークして最多勝に輝く。翌年も11勝をあげてリーグを代表する右腕として活躍し、06年の育成ドラフトで東京ヤクルトから指名を受ける。ルーキーイヤーの07年には開幕前に支配下登録されると開幕1軍入りも果たした。08年限りで退団し、翌年はBCリーグの新潟アルビレックスBCで12勝をマーク。10年からは香川に復帰し、11年後期より、現役を引退して投手コーチに就任した。NPBでの通算成績は5試合、0勝1敗、防御率12.86。
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