まずは、あの“有名な一球”について、振り返っておこう。10月27日の日本シリーズ第2戦。東北楽天の先発は田中将大、巨人は菅野智之である。試合は田中、菅野ともに譲らず、0−0で進んでいく。そして6回表の巨人の攻撃。負けない大エース、今季24勝0敗の田中が、2死満塁のピンチを招く。迎える打者は、ホセ・ロペス。
 もしかしたら、2013年の日本野球で最も有名なシーンかもしれないが、一応、再現しておく。
? 外角高目 ストレート ストライク 149キロ
? 外角高目 ストレート ファウル 151キロ
? 外角高目 ストレート ボール 150キロ
? 外角高目 ストレート ファウル 152キロ
? 真ん中高目 スプリット ファウル 141キロ
? 外角低目 スプリット ボール 141キロ
 これで、カウント2−2.さて……。
? 内角高目 ストレート 152キロ 空振り三振!
 7球目のインハイは、まさにビシーッと決まって、ロペス、どうすることもできない。何度見ても、すごいボールである。

 ここで、工藤公康さんの名解説も引用しておこう。
「6球目、ロペス選手の左足を見てもらいたい。明らかにアウトコースに体重がいっているので、前に踏み出しているわけです。これを見た嶋選手が『スプリットも見極められた、ストレートもいい当たりをされている。これはもうアウトコースは厳しいな』と。ここで何を選択するかというと、インサイドを選択するのですが‥‥」(10月28日「報道ステーション」テレビ朝日系)
 満塁という状況で、インコースに究極の一球を投げた田中はすごい、という主旨である。さすがプロというべき、繊細な解説だ。ただただ感心するのみ。

 予測できたロペスの三振

 では、ロペスはいつから、外角狙いだったのだろう。見直してみると、ファウルの時は、2球目も4球目も5球目も、スイングの流れで、左足はむしろ後ろに一歩引く動きとなっている。これは参考にならない。では、3球目の見逃しはどうか。これが見逃した後、意外にも左足はなかなか動かさないのである。少なくとも、6球目のような動きはない。ロペスはこの時点では外角狙いを気取られないように細心の注意をしたのかもしれない。あるいは外角というよりもスプリットに意識があったか。本当のところは、わからない。

 ただ、ロペスには失礼ながら、この打席、日本中の野球ファンの8割ぐらいは三振するだろうと予測していたのではあるまいか。巨人ファンにそういう不届き者はいない、とおっしゃるなら、6割くらいと訂正してもいいが、要するに、最後はスプリットを投げられて三振だろう、という予測だ。かく言う私も、そう確信していた。

 ロペス自身もそうだっただろうと思う。いや、もちろん三振しようと思っていたはずはない。そうではなくて、最後は三振を狙って投げてくるスプリットを打たなければならない、と意識していたに違いない。その点で、気になるのが5球目のスプリットだ。外角に4球ストレートを続けて、スプリットはいつ来るんだろう、もしかしてもう1球ストレートか? という状況で、真ん中高目にスプリットが入ってきた。そして、ロペスは打ち損ねた。

 事実はここまでである。以下は妄想――。もしこれが、デトロイト・タイガースのミゲル・カブレラだったら、どうなのだろう。このスプリットは、スコーンととらえられてホームランになるのだろうか。それとも、やはりそれまでの4球のストレートが効いて、打ち損ねるのか。

 田中の外角低目のストレートは、例えば前田健太(広島)の外角低目のストレートと比べると、やや高いところに決まるように見える。つまり、前田健のストレートは、ストライクともボールともどちらとも言えるようなギリギリの低さにいくが、田中のは、その境界線よりもほんの少し上、つまり、誰がどう見てもストライク、という外角低目に決まる。これは田中のストレートの方が伸びがあるということなのだろうか。もちろん、前田健のストレートにも力はあるので、あくまで2人の球質、いわば個性の違いというべきか。

 田中がいずれ近い将来、挑戦するとされているメジャーリーグで、このストレートに向こうの強打者がどのように反応するのか、これは期待を込めて先のお楽しみということにしておこう。少なくとも上原浩治(ボストン・レッドソックス)の大活躍で、田中のような伸びるストレートとスプリットを武器にする日本人投手が通用することは既に十分に証明されている。

 ただ、5球目のスプリットは、何も相手がカブレラではなくても、やや危ない球だっただろうし、例えば中田翔(北海道日本ハム)のような日本を代表するレベルの打者ならば、打ててもいいはずだ。日本の打者も、そのくらいのレベルにはあってほしい。

 先発投手に欲しいボールの角度

 最近の日本野球の話題として、もうひとつ、ドラフトがある。松井裕樹(桐光学園)は、田中と同じ楽天が交渉権を獲得した。ぜひ田中のように、彼にも大成してもらいたいものだ。むしろ話題となったのは、大瀬良大地(九州共立大)を3球団競合のクジの末、引き当てた広島であった。クジを引き当てたのが、田村恵スカウトだったからである。

 田村といえば鹿児島・樟南高の捕手として甲子園準優勝。そして広島に入団。大好きなキャッチャーだった。どこが? と言われると困るが、配球とか、捕手としての構えとか。捕ってもらいたいな、と思える捕手である。ただし、バッティングはまったく非力。プロ入り後、打球が内野を越えたことは、数えるほどしかなかったのではないか(少々オーバーかもしれませんが)。

 いくらインサイドワークやキャッチングが良くても、やっぱり、ある程度打てないと、プロではやっていけないんだな――彼が早い時期に引退した時、つくづく思ったものだ。そうか、あの田村が、大瀬良を高校時代から追い続けていたのか。それならば、いい投手なのかもしれないな。

 大瀬良は、150キロを超えるストレートがあり、コントロールも良い。いや、せいぜい日米大学野球選手権とか、そういう試合を観たに過ぎないのだが、あの時は、確かカーブも意識的に使っていた。ただ、どちらかといえば、ボールに角度がないような印象がある。ズドーンという重い球質のストレート。

 話はとぶが、ワールドシリーズをご覧になりましたか。えっ? 上原と田澤純一(レッドソックス)は見た? いや、先発投手の話をしたいのだ。上原たちのレッドソックスではなく、セントルイス・カージナルスの先発2番手に、マイケル・ワカという投手がいる。昨年、ドラフト1位指名されたルーキーだ。これがいいんですね。何がいいって、ボールに角度がある。

 身長198センチだそうだが、腰の位置を高く保って(日本で言えば、前田健のように)、長い腕を利して真上からストレートを投げ込む。球速は150〜154キロくらいか。あとはチェンジアップ。100マイル(160キロ)出るほどの剛速球投手ではない。メジャーにも、大瀬良のようなズドーンという球質で100マイル、という投手は何人もいる。たいていは、クローザーおよびクローザー候補だ。でも、先発はやはり角度のある投手の方がきれいだ(まぁ、個人的な趣味の問題ですが)。

 大瀬良には当然、大成してもらいたいと思うが、一方で日本にも、ワカのようなタイプの新人が出現しないものかと願う。日本人は体型的に無理、ということはないはずだ。少なくとも、投球の思想としては、前田健は既に実践しているといっていいだろう。大変意表を突くようで恐縮だが、例えば、中日が今年ドラフト1位指名した鈴木翔太(聖隷クリストファー高)。彼などは、そういうタイプの投手に成長できる可能性を秘めていると思う。

 これは、ある種の投球文化の問題である。ワカのような角度が(あるいは、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有と言ってもいいのかもしれないが)、美しいという通念があれば、そういう人材はおのずと育ってくるものではあるまいか。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者
◎バックナンバーはこちらから