「胸を張ってくれと選手たちに伝えた。敗北を恥じる必要はないとね。今季中にも私たちは多くを成し遂げ、私もその一部となれたことを誇りに思っている」
 10月30日にボストンで行なわれたワールドシリーズ第6戦後、カージナルスのマイク・マシーニー監督は会見場でそう絞り出した。
(写真:今シリーズではレッドソックスの主砲オルティスを抑えられなかった)
 両リーグの最高勝率チーム同士の対決となった最終決戦でも、戦前はむしろカージナルス有利と目されながら、結果は2勝4敗で完敗。大黒柱のアダム・ウェインライトが2連敗を喫したのが大きく響いた。シーズン中は得点圏打率.330をマークした勝負強い打線も、ワールドシリーズでは同じ状況で.214(42打数9安打)と不振。第6戦ではプレーオフで無敗の快進撃を続けて来た怪童マイケル・ワカもついに打ち込まれ、最後の砦は崩れた。

 レッドソックスの勢いに飲まれたか、攻守にカージナルスらしからぬ凡ミスが目立った感は否めない。戦いを終えた指揮官は悔しさを必死に押し殺したが、本来の力を出し切れなかったという想いもあったのではないか。
(写真:らしからぬミスが多かったワールドシリーズ。第4戦での牽制死での試合終了は象徴的だった)

 ただ、それでもマシーニー監督の言葉のすべてが強がりだったとももちろん思わない。この悔しい敗北の後でも、カージナルスの2013年シーズンが成功だったことに変わりはないからだ。
 クリス・カーペンター、ハイメ・ガルシア、ジェイク・ウェストブルック、ジェイソン・モットといった主力投手を欠きながら、シーズン、プレーオフを合わせて合計106勝。シェルビー・ミラー、トレバー・ローゼンタール、セス・マネスといったイキの良いルーキーたちが飛び出し、チームを支え続けた。

 野手陣の中でもマット・カーペンターはナ・リーグ最多の199安打を放ち、自己最高の打率.319を残したヤディーヤ・モリーナはMVP候補に。その他、カルロス・ベルトラン、マット・ホリデイ、アラン・クレイグといったベテランも活躍し、ナ・リーグ最多の総得点を叩きだした。
(写真:初のチャンピオンリング獲得を狙ったベルトランだが、第1戦で脇腹を痛めたこともあってか爆発はなかった Photo by Gemini Keez)

 プレーオフに入っても、勢いに乗るパイレーツ、メジャー最高の金満チームとなったドジャースを撃破。これらの勝ち上がりを見て、やや地味ながら、メジャーを代表する伝統球団・カージナルスの底力と魅力に改めて気付いたファンは日本にも多かったのではないだろうか。

 2011年に世界一を達成したカージナルスだが、当時のエース(クリス・カーペンター=故障離脱中)、主砲(アルバート・プホルス=エンジェルス移籍)、監督(トニー・ラルーサ=勇退)は今年のポストシーズン・ロースターに名を連ねていない。それでも昨季は優勝決定シリーズまで勝ち上がり、今季もワールドシリーズ進出。いわゆる「モデル(模範的な)・フランチャイズ」は、新陳代謝の激しい米スポーツ界では異例のハイレベルの成功を維持している。

「頂点にここまで迫った末に敗れるのは残念ではある。ただ、数多くの生え抜きの若手を登用し、世界一まであと2勝に迫れたことは、私たちが正しい方向に向かっていることを示しているように思う」

 ワールドシリーズ後にジョン・モゼリアックGMもそう語り、敗北の中でも自身のポリシーに自信をのぞかせた。その言葉が指し示す通り、この長期に渡る成功の陰には、丁寧なスカウティング、確かな指導力に裏打ちされた生え抜き重視のチームづくりがある。
(写真:穏やかな中西部のチームとあってか、ファンの対応も気さくにこなす選手が多い Photo by Gemini Keez)

 今回のワールドシリーズでも、ロースターの全25人のうち、17人が生え抜き選手。特に2009年のドラフト指名組からは、5人のスター候補(ミラー、M・カーペンター、マット・アダムス、ジョー・ケリー、ローゼンタール)が生まれるという大豊作になった。さらに2008年はランス・リン、2012年にはワカと、カージナルスがドラフトで獲得した有望株は枚挙に暇がない。

「ドラフト時にどれだけ速い球を投げているかではなく、将来どれだけ投げられるかが重要。大切なものを1つ挙げるなら身体能力だ。ローゼンタール、カルロス・マルチネスにはそれがあったんだ」
 90マイル台後半の快速球を投げる今季のカージナルスの投手陣を見れば、モゼリアックGMの考え方の確かさは容易に確認できる。1960年以降、2年連続で負け越したのは1994、95年だけという伝統の強さの陰には、こういった見事なスカウティング能力があることは間違いないだろう。

「今秋に積んだ貴重な経験は今後に生きるだろう。プレーオフで得たものはキャリア全般を通じて響いてくるものなんだ。ルーキーの頃のプレーオフでの経験が私の糧になったように、今季の若手たちにとっても大きいはずだよ」
 ワールドシリーズ後のウェインライトのそんな言葉が正しければ、カージナルスの隆盛は今後もしばらく続きそうである。
(写真:セントルイスはいわゆる「ベースボールタウン」。知識豊富なファンがチームを熱くバックアップする)

 特に投手陣には、ワカ(22歳)、ミラー(23歳)、ローゼンタール(23歳)、マルチネス(22歳)、ケリー(25歳)、リン(26歳)といった若き俊才たちがずらりと揃う。生え抜きが多いがゆえに絆の固いクラブハウス内で、知識や調整方法が受け継がれていくのもカージナルスの特徴。クリス・カーペンター、ウェインライトのリーダーシップの下で、大エースへの成長の期待がかかるワカを先頭に、何人かが遠からずスーパースターダムに飛び出していくはずだ。

 打線には改善の余地はあるが、マイナーでは球界有数のプロスペクトと呼ばれるオスカー・タベラス外野手が出番を待っている。投手陣にはしばらくお金を使う必要がなさそうだけに、必要に応じて野手の補強は可能だろう。

 ここ2年も王者に値するチーム力を誇っているように見えただけに、頂点にたどり着けなかったことはカージナルスの選手、ファン、フロントにとって無念だったに違いない。しかし、このチームに対する「モデル・フランチャイズ」という呼称は大げさではない。何よりも見事なのは、毎年のようにハイレベルの成績を残しながら、長期的視野でのチームづくりも進めていることである。

「将来性も豊かなチームであるとの評価は耳に入っているし、その通りだと思う。上質な若手投手は多いし、野手には経験豊富な選手が揃っている。将来に向けてエキサイトする要素が数多いのは事実だよ」

 ワールドシリーズ敗北の痛恨の中で、マシーニー監督は将来への希望を淡々と述べた。今はまだ先のことは考えづらいだろうが、少し落ち着けば未来への興奮はさらに沸き上がってくるだろう。来年以降も、攻守の要であるモリーナのケガでもない限り、このチームを倒すことはナ・リーグの強豪たちにとって並大抵ではないように思えるからだ。
(写真:地元でも一番人気の名捕手モリーナの投手陣への影響力は莫大だ)

 伝統を重んじ、丁寧に準備し、正しい方法でプレーすることに重点を置くいわゆる“カーディナル・ウェイ”は健在。派手さはなくとも、カージナルスはある意味でチームづくりの理想を現実化させていると言ってもよい。

 ワールドシリーズで無念の敗北を味わっても、勝利の伝統が途切れることはない。中西部の無骨なプロ集団が、遠からぬうちに、ワールドシリーズの大舞台に再び戻ってくることはまず間違いないだろう。

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

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