イタリアの衛星放送「スカイ」で解説を務めるマッシモ・マウロ氏は、プラティニ、ジーコ、マラドーナという80年代の天才3人とすべてチームメイトとしてプレーした、世界唯一の男である。
 その彼がベローナ戦での本田について語った言葉が、21日付のスポニチで大きく報じられていた。
「カカーやロビーニョのコピーにしかならない補強をする必要が本当にあったのか」
 紙面ではこの言葉が本田に対する批判として取り上げられた。むろん、マウロ自身は批判として口にしたはずだし、もし本田が耳にしたとしても、いい気分になることはなかっただろう。

 だが、わたしはむしろ、感慨深い思いにされとらわれてしまった。自覚のあるなしはともかく、マウロ氏は本田が日本人であることをまったく問題視していない。それどころか、カカーやロビーニョのコピーにはなれると考えている!

 わたしがイタリア人の記者から「日本人がセリエAで活躍できるようになるには100年かかる」と嘲るように言われたのは、20年前の話である。あのころ、日本の選手は誰がプレーしようと「日本人」という括りでしか見られていなかった。失敗すれば「日本人だから」。ちょっと成功すれば「日本人の割に」。そして何より、伝える日本人の側も、一番重要視していたのはその選手が日本人であるか、だった。

 本田は、まだセリエAで活躍したわけではない。活躍が保証されているわけでもない。ただ、カズのジェノア入団から20年経たずして、本田は本田個人として見られ、語られるようになった。彼が日本人であることを、メーンテーマではなく属性の一つにすぎないと考えるイタリア人が現れた。

 凄まじいまでの前進である。

 ロンドン五輪でのなでしこジャパンを、日本人は「日本の代表だから」という理由で応援した。だが、決勝の会場となったウェンブリーには、日本人ではないのに、なでしこのサッカーに惹かれて応援する人が少なからずいた。

 あの時、澤たちが到達した日本サッカー前人未踏の高みに、いま、ようやく男子サッカー選手も手をかけつつある。先達たちが繰り返してきた挑戦と失敗を、本田が果実として実らせつつある。

 昔もいまも、日本人選手にとって欧州でのプレーは挑戦であり冒険であり続けている。だが、このままそれぞれの偏見と劣等感が薄れていけば、次の世代の日本人選手にとって欧州は単なる選択肢の一つとなろう。それは、ひょっとするとあと数年後の話かもしれない。

<この原稿は14年1月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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