近頃は、国内はどこもマラソン人気。大会も参加者も相当数増加し、いずれも盛況だ。データによると2006年から12年の6年間でランナー人口は400万人増加し、1000万人を超えているという(笹川スポーツ財団発表)。アメリカにおいても同様の傾向が見られ、00年には800万人程度だったのが、12年では1500万人を超えたと言われている(Running USA発表)。つまり、少なくとも日本国内においては10人に1人程度は走っているわけで、乳幼児や、高齢者を除くと、その割合はかなり高いことがわかる。確かにどこに行っても、走っている人に会わないことはないというくらいだ。
(写真:都市マラソンのエントリー数も盛況である)
 長距離走のいいところは、どんな人でも時間をかけて練習を重ねれば、走れるようになるということ。年齢、性別、運動経験に関わらず、じっくりと取り組めばそれなりの距離を走れるようになる。もちろん、速さや上達度合いは個人差が大きいが、とにかく走れるようになるということには間違いない。取り組む側としては、これほど嬉しいことはない。やはりやったことの効果がはっきりと実感できると、人間というのは幸せな気分になる。つい数か月前までほとんど走れなかった自分が、普通に30分走り続けられるようになる喜びは何事にも代えられない。たとえ、肥満や老いを感じつつ、走り始めたとしても、そんなことより走れる自分が楽しくなってくるというのはよくある話。だからこそ、「走る」という行為は止められなくなり、継続率が高い。そう、どんな人だってやればできるのだ。

 でも、実際にマラソンに出てみるとそう簡単にはいかない。練習しないととても完走などできないのはもちろんだが、練習したからといって、完走できるとは限らない。例えば実力以上にペースを上げ過ぎると、そのしっぺ返しは確実に後半にくるし、給水やエネルギー補給を怠ると、そのツケは確実に払わされる。そんなことを考えると、やることが多すぎて神経質になってしまうのだが、意外と適当にやっていたほうが上手く行くこともあったりする。単純だが、なかなか複雑なスポーツだ。走っている途中、苦しくなることもあれば、不思議と楽しくなってくることもあり、必ずしも調子やモチベーションは一定ではない。そこが本当に一筋縄ではいかず、「マラソンは人生のようだ」と表現されることが多い所以である。まぁ、楽になる瞬間があることを知っているからこそ僕たちは、苦しくても我慢できるのだが……。

 この話は、よく講演などでお話しさせて頂くのだが、先日まさにそんな映画を見る機会があった。その名も「人生はマラソンだ!」。僕はマラソンを人生になぞらえて表現しているが、この映画は人生をマラソンになぞらえて表現する逆のパターン。話はロッテルダムのさえない中年男4人を中心に展開される。それぞれ家庭内で問題を抱えつつ、仕事場の自動車修理工場では、カードゲームとビールに溺れるダメなオヤジたち。しかし、工場の危機がやってきて、なぜか話の流れで半年後のマラソンに挑戦することになる。もちろんスポーツとはほど遠い4人は悪戦苦闘。自らの気持ちも、家族との関係も上手く整わず、本番までの時間だけが迫っていく……というストーリーである。

 オランダの映画だけあり、スポ根もので、ヒーローが最後に成功するというアメリカンムービーとは違い、タッチもどこかシニカル。劇的な展開ではなく、当たり前の暮らしの中で、マラソンが男たちに影響を与えていくドラマを描いている。もちろんダメなオヤジ集団は、最初はまったく走ることができない。それを工場の仲間である移民の元ランナーがコーチし、少しずつ改善していく。でも、途中で誘惑に負けたり、家族のトラブルで走れなかったりもする。ネガティブ要因に振り回されながらも、向かっていく姿は等身大で分りやすい。ダメな感じがあまりに人間っぽく、感情移入してしまうところもいい。さらにその中での描写で、4人のフォームが少しずつ改善されていったり、マラソンシーンも実際の大会中に行うことでリアルな映像になっており、専門性も押さえた作りになっているので、僕たちのような実際に走る人も違和感なく見ることができるのだ。

「マラソンは速い人だけのものではない。挑戦する人、走ろうと決めた人すべてのもので、皆にストーリーがある。それは喜怒哀楽のある人生のように……」。そんなメッセージが伝ってくる映画に私は惹きつけられた。
 たまには競技でなく、人生のマラソンを見るのも悪くない。

 「人生はマラソンだ!」は夏ロードショー予定[/b]

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。昨年1月に石田淳氏との共著で『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)を出版。
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