実を言えばここ数年、わたしの中でJリーグのチェアマンはプロ野球のコミッショナーとかぶり始めていた。つまりはお飾りにも近い名誉職。いなくとも日常は滞りなく進む――。
 それがけしからん、というわけではない。わたし自身、マンチェスターUの監督の名前や国籍は知っていても、イングランド協会会長の名前やプレミアリーグのボスは誰かと聞かれれば沈黙するしかない。川淵氏の時代に比べ、クラブや選手を束ねる組織の長が以前ほどに注目されなくなったのは、この国のサッカーが成熟してきた証ととることもできたからだ。
 なので、新しくチェアマンになった村井氏にもあまり目立っていただきたくはない。ないのだが、しかし、たった1枚の垂れ幕が引き起こした激震は、昼行灯(あんどん)なリーダーではとても乗り切れない類いのものだった。

 過敏なぐらいでなければいけないこの手の問題に対し、いささか危機感に欠けたといわざるをえないレッズの対応に比べ、村井チェアマンの決断は速かった。モタモタしていれば日本の悪評をバラまきたい人たちにとっては格好の材料となっていたはずで、そういう意味では、痛手を最小限に抑えるファインセーブだった。

 個人的には、金銭的なダメージという“取り返しがつくペナルティー”より、取り返しのつかない勝ち点剥奪の処分を下すべきでは、と思っていたが、「より多くの人にこの問題を考えてもらいたかった」という村井チェアマンの説明を聞いて納得した。

 勝ち点剥奪は、確かに取り返しのつかない罰なのだが、それを痛恨と感じるのは、コアなサポーターたちである。その点、無観客試合という罰は、熱狂的ではない、でも何となくレッズは好きでチケットをゲットしていたという層にも、サッカーにおける人種差別がどれほど罪深いことなのかを染みさせることになる。少なくとも、春休みでこの試合を楽しみにしていた子供たちには、絶対悪として浸透していくことになろう。

 欧州で暮らした経験を持つ人間の一人として、差別を受けるぐらい不毛で、役に立たない経験はないと断言できる。今後のJリーグは、FIFAの基準よりさらに厳しい目をこの問題に向けて行ってほしい。

 もう一度やったら次はない、ということで、レッズには“ストライク2”が宣告された。大切なのは、他のチームにも「自分たちも次はない」という意識をもたせることだろう。村井チェアマンには、しばらくの間、荒野のかがり火であっていただきたい。

<この原稿は14年3月20日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
◎バックナンバーはこちらから