「今季の私たちにはシーズン90勝を挙げる力がある」
 2月下旬、メッツのサンディ・アルダーソンGMがチーム上層部にそう伝えたと地元メディアが報道し、ニューヨークでは話題になった。
 総額5億ドル近くを投入し、田中将大、カルロス・ベルトランらを獲得する大補強を展開したヤンキースではない。過去5年連続で負け越し、90勝以上を挙げたことなど2007年以降は一度もないメッツの話である。
(写真:チームの看板デビッド・ライトもプレーオフ出場経験は1度のみ。2006年以来の大舞台に返り咲けるか Photo By Gemini Keez)
 昨季、ナショナル・リーグでワイルドカードを勝ち取ったレッズの成績が90勝72敗だったのだから、アルダーソンGMはメッツのプレーオフ争い参戦を宣言したも同然。しかし、トミー・ジョン手術を受けたエースのマット・ハービーは今季全休が濃厚なこともあって、一般的な下馬評は決して高くない。それだけに、普段は冷静なGMの大言壮語を嘲笑するメディア、関係者も少なくなかったのである。

 今オフにバートロ・コローン(昨季アスレチックスで18勝)、カーティス・グランダーソン(2011、12年にヤンキースで2年連続40本塁打以上)を獲得し、メッツも投打の新たな軸を手に入れた。昨季の盗塁王エリック・ヤング、終盤に復活気配を感じさせた松坂大輔とも再契約。自前のトップ・プロスペクトを放出せずに戦力補強できた意味は大きく、より層の厚いチームになったことは間違いない。
(写真:若手投手たちがメジャー昇格すれば松坂の放出もあり得る。ただ、序盤戦の投球は本人、チームの両方にとって重要だ Photo By Gemini Keez)

 それでも、遊撃手、一塁手、二塁手、ブルペンなど、未知数のポジションは多い。若手を大事に育て、足りない部分を効率良くベテランで埋めるチームづくりには好感が持てるが、現実的にまだ優勝を目指せる戦力ではない。

 2014年は短絡的な補強に走らず、ザック・ウィーラー、トラビス・ダーノー、ファン・ラガレスらを大事に育てるのも良いだろう。シーズン中にメジャー昇格するであろう注目の大器、ノア・シンダーガードがどんなデヴューを飾るかも楽しみ。ハービーが戻ってくる来季を“収穫の年”にするべく、今季は新たなステップを着実に踏んでいくのが得策に違いない。

 ただ……その一方で、ニューヨークという大都市に本拠地を置きながら、過去25年で3度しかプレーオフ進出できていないチームのファンは、延々と続く“再建期間”にそろそろ飽き飽きしているのが現状でもある。そして、ヨハン・サンタナ(オリオールズとマイナー契約)、ジェイソン・ベイらとの高額契約が終焉直後となる今季は、数年前から“勝負の年”として目標に定められてきたシーズンだった。

 だとすれば、依然として戦力的には物足りなくとも、“90勝”の大風呂敷を広げ、それを目指していくのも悪くない。長い目でのチームづくりは大事だが、ときに勝負をかける気概も必要。現時点での年俸総額はメジャーでも下から数えた方が早い約8700万ドルというチームのGMが、就任4年目にして、ついに勝利を目指す意思を示したことはファンには心強いはずである。

 現実的にメッツが90近い勝ち星を挙げるためには、かなり多くのことが良い方向に進む必要がある。ウィーラーが去年のハービー同様に一気に大黒柱級まで成長し、シンダーガード、コローンという新旧エース候補が期待通りに力を発揮し、松坂も前半戦では先発4、5番手として堅実に働き、ボビー・パーネルが抑えの切り札として確立し、ダーノーが正捕手として定着し、昨季はどん底の不振だったアイク・デイビス、ルーベン・テハダが復活し、グランダーソン、クリス・ヤングといった新戦力が長打力を誇示し……。
(写真:一昨季32本塁打したデイビスだが、昨季は9本塁打と激減。復活が待たれる Photo By Gemini Keez)

 そして、これらのベストシナリオが現実にならなかった場合には、足りない部分を効果的に埋めるべく、アルダーソンGMの出番である。
 近年の再建政策の過程で、メッツは多くのプロスペクトをチーム内に抱えるに至った。メジャー有数の素材と言われるシンダーガード以外にも、トレード価値のある選手は少なくない。今季、本気で勝ちにいくのなら、ヘンリー・メヒーヤ、ラファエル・モンテロ、ジェイコブ・デグロムといった評判の良い投手たちをシーズン中に放出してでも、少々大胆な戦力補強に挑むのも良いだろう。

「もしも今季にチャンスがないと思ったら、グランダーソンに6000万ドルも払っていないし、コローンも獲得していない。ハービーが元気ならコローンを狙ってなかったかもしれないが、それでも結論を言えば、私たちは多くの金をつぎ込んだんだ。ヤンキースほどではないが、他の多くのチームには負けていない。目標は2014年に強いメッツを作ることだ」
 2月上旬にWFANのラジオ番組に出演した際、アルダーソンGMはそう語っていた。“マネーボールの父”と呼ばれる敏腕GMは、その公約通り、今後もファンに夢を見させるだけのロースターを整えていけるか。
(写真:ウィルポンオーナーと話し込むハービー。今年は我慢の1年になる Photo By Gemini Keez)

 細かく見ていくとやはり現時点での駒不足は否めないが、伝統的に期待度が低い方が良いプレーをする傾向にあるチーム。未知数ながら好素材が揃ったロースターが好スタートを切り、勢いに乗った学生チームのようなケミストリーが生まれれば面白くなる。シーズン中盤までプレーオフ争いにとどまれば、今季のメッツは地元ではかなりの話題を集めるに違いない。

 そのために必要なのは、生え抜きホープの成長を見守る我慢強さと、シーズン中にでも思い切って新戦力を獲得する勇気。ほとんど正反対の作業をバランスよく遂行するのは至難の業だが、不可能ではない。そして……根拠のない発言は少ないGMが珍しく自信を示したことで、“ミラクル・メッツ”の復活を期待し始めているファンも少なくないはずなのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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