「運命的なものを感じましたね」
 これは湯浅菜月が射撃に出合った時の感想である。湯浅は現在、日本大学射撃部に所属し、2012年度からナショナルチームに選出されている。専門はライフル射撃で、16年リオデジャネイロ五輪出場を目指している。そんな彼女が射撃競技に出合ったのは、高校1年のちょうど今頃だった。
 中学時代、彼女は吹奏楽部に所属していた。担当楽器はバリトンサックス。進学先の小松島高校でも吹奏楽部に入り、バリトンサックスを続けようと考えていた。しかし、吹奏楽部の見学に行った際、バリトンサックスはすでに先輩が担当しており、空きがなかった。そこで「バリトンサックスができないのなら、吹奏楽部じゃなくてもいいかな……」と他の部活動への入部を考え始めた。そんな時、中学時代からの友人に「一緒に部活の見学に行こう」と誘われ、訪れたのが射撃部だった。

 湯浅は特にどの部活にするかも決めていなかったため、友人の誘いに乗った。射撃部の見学に訪れると、ビームライフル(特段の資格、免許などがいらないため、身近な射撃スポーツとして普及している)を撃たせてもらった。彼女の記憶によれば、10発、的に向かって撃ったという。すると、周りの先輩たちから「すごい!」という声が上がった。湯浅は10発のほとんどを中央周辺、つまり10点近くに的中させたのだ。
「何気なく撃っていたんですけど……中央に当たるし、先輩たちからも褒められて、すごく気持ちがよかったですね。“もう、これは射撃をやるしかない”と思ったのを覚えています(笑)。見学した翌日に、射撃部に入部届を出しました」

 もしサックスに空きがあれば、湯浅はそのまま吹奏楽部に入っていただろう。その意味で彼女は、射撃の神に導かれたのかもしれない。

 試行錯誤することに感じた楽しさ

 入部後は机の上にヒジをつけてビームライフルを撃つ練習(本来は立射で行う)、ランニングや筋トレなどの基礎トレーニングに励んだ。その中で湯浅ら新入部員にはある目標があった。立射に入るための試験合格である。合格基準は20発200点満点中で190点以上をマークすること。「スラスラとクリアできるかな」と思っていた湯浅だが、そう甘くはなかった。
「当たらない時は本当に当たらないんですよね。“昨日は調子が良かったのに、なんで今日は当たらないんだろう?”と。修正しようにも、始めたばかりということもあってどこがずれているのかがわからないんです。繊細な競技だなと実感しました」

 試験合格に向けて、彼女は銃を構える角度、重心の位置など、細かいところに意識しながら、“当てる”感覚を体に染みこませていった。
「“こうすれば当たるんだ”とか、“この角度で撃てばどうなんだろう?”と試行錯誤していくのが楽しかったですね」
 成果は着実に現れ、湯浅は7月に入って20発200点満点中で190点以上という条件をクリアした。

 立射ができるようになると、次は大会出場が目標になった。湯浅たち1年生は10月に行われる新人戦から出場した。同大会は全国高校選抜大会の県予選も兼ねており、ビームライフル、エアライフルで上位に入った選手は四国大会の出場資格を得る(エアライフルはビームライフルで決勝に残った選手が出場。※当時は射撃場で管理されている銃を教習銃として借りて撃つことができた。現在は平成21年12月の銃刀法一部改正により、教習銃を撃つにも「初心者講習会の合格」や警察への許可申請などが義務付けられている)。他校を含めて経験者が出場するため、湯浅のような大会初出場の選手が上位に進出するのは難しいかと思われた。しかし、湯浅は部活見学の際に示したセンスの高さを、実戦で早速証明した。

 ビームライフルで決勝に進出し、上位に入賞して同種目の四国大会出場権を獲得。これにより、湯浅はエアライフルの出場資格も得た。エアライフルはビームライフルとは違い、実弾を装填し、発射に伴って大きな音も出る。湯浅はエアライフルの練習はしたことがなく、「不慣れで違和感がある」中で実戦に臨んだ。にも関わらず、彼女はエアライフルでも決勝に進出。そのまま上位入賞も果たし、11月の四国大会出場を決めた。

 湯浅の快進撃はこれで終わりではなかった。四国大会ではさらに周囲を驚かす結果を残すことになる。

(第2回へつづく)

<湯浅菜月(ゆあさ・なつき)>
1993年1月18日、徳島県小松島市出身。小松島高校―日本大学。08年、高校1年時に射撃を始める。種目はライフル射撃。高校3年時に高校選抜、インターハイ、国体(10メートルAR20発)を制覇。11年、日本大学に進学した。個人では11年全日本学生選抜、12年全日本女子学生で10メートルAR、13年全日本女子学生では50メートルライフル3姿勢を制覇。また13年全日本女子学生では団体優勝にも貢献した。2012年度からナショナルチームに選出されている。



(文・写真/鈴木友多)


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