「トップの点数は誰の記録なの?」
 2008年11月、全国高校選抜ライフル射撃選手権四国大会の女子10メートルエアライフル(AR)40発で、競技結果を見た選手たちからこのような声が漏れた。そんな高記録をマークしたのは湯浅菜月。点数は385点で、全国大会でも決勝に進出できるほどの成績だった。しかし、湯浅は周囲の驚く反応を不思議がった。
「ビームライフル(BR)で390点以上をマークできていたので、ARも同じ感覚でした。逆に、“385点はどうなんだろう?”と、自分の中ではそこまでいい点数だと思っていなかったんです」
 湯浅がARを撃つのは、四国大会が3回目だった。銃の扱いにぎこちなさが残る中での優勝に、湯浅の素質の高さがうかがえた。

「385点は全国でも通用するレベルだ。どうだ、自分の銃を持たないか?」
 大会後、湯浅は射撃部の顧問からこう声をかけられた。本格的にARを続けていくなら、自分に合った調整を施せるライフルを所有した方がいい。しかし、高校生の湯浅は、「そうですね」と答えただけで、即決はできなかった。というのも、競技用のARは、30万円以上するのが相場だからだ。「2カ月くらい悩んだ」という湯浅は、親とも相談して、ライフル購入を決めた。人間、成長できると感じた時に、その欲を抑えるのは難しいものだ。

 ARを所持するには、警察署への申請や使用するための免許などを取得しなければならない。結局、自分用のライフルを手にしたのは全国選抜の1週間前だったという。ライフルを使いこなすことができないながらも、湯浅は初の全国大会で9位に入った。本人も「意外といいところまで行けたな」という結果を残し、全国の舞台でも十分に渡り合っていけることを証明した。

 寸前で逃した日本一

 全国選抜後、湯浅は本格的にARの練習に取り組み始めた。だが、小松島高校にはARを練習できる設備がなく、湯浅は徳島市が運営する射撃場に通うことになった。高校から射撃場までの道のりは車で約1時間。湯浅は顧問や親に送迎してもらい、週3回、射撃場での練習に励んだ。
「放課後、顧問のところに行って、『今日、射撃場に行きたいんですけど』とお願いするんです。本当に図々しかったと思います(苦笑)」

 その射撃場では、ある人物と出会った。元ナショナルチームコーチの木内栄一郎である。木内は徳島県スポーツ振興財団の職員として、射撃場の管理および訪れる選手の指導を行っていた。
「最初は、 “始めて間もないのによく撃つ子だなぁ(点数が高い)”という印象でしたね。射撃の素質があるなと感じました。彼女はメンタル面が安定しているんです。大会の大小にかかわらず、いつも同じように10点を狙える。そういうところが、射撃に適しているんだと思います」

 湯浅は射撃場に行った時は木内の指導を受け、高校で練習する時は実戦時をイメージして姿勢や角度などを調整していった。高い素質に加え、木内から技術や試合に臨む際の気の持ち方などを教わったことで、湯浅の実力はメキメキと上昇した。高校2年になってからは、09年6月の四国高校選手権を制覇。7月の「全国高等学校ライフル射撃競技選手権大会」(高校選手権)での上位進出も期待された。

 迎えた本番で、湯浅は予選を2位で通過した。決勝は10発で争われ、得点は0.1点単位で計算される(一発の最高得点は10.9点)。湯浅は9発目を撃ち終えた時点で、トップに立ち、日本一は手の届くところにあった。

 ところが、である。10発目を撃つ際、湯浅に異変が起きた。
「緊張で手が震えて言うことをききませんでした。震えている中で、指が引き金に触れてしまって……。“あ、引いちゃった”と」
 湯浅が放った銃弾は、標的の7点部分に当たった。順位は1位から4位タイに転落。45位を決めるシュートオフでも精彩を欠き、最終順位は5位となった。最後の一発を撃ち終えるまで集中力を切らさないことの重大さを痛感した。

 あと一歩のところで逃した全国優勝――。当時は悔しさを強く感じたに違いない。だが、「でも……」と言って、湯浅はこう続けた。

「今になって、あそこで優勝できなくてよかったと思うんです。早い段階で日本一になってしまうと、気が緩んでその後が続かないという話も聞いたことがあります。私はその大会後に気を引き締めることができました。“今の実力では優勝することはできない”と。2年生の時の“負け”があったからこそ、その後の連勝につながっていったと思います」

 湯浅は高校最後の1年を最高のかたちで締めくくることになるのだ。

(第3回へつづく)

<湯浅菜月(ゆあさ・なつき)>
1993年1月18日、徳島県小松島市出身。小松島高校―日本大学。08年、高校1年時に射撃を始める。種目はライフル射撃。高校3年時に高校選抜、インターハイ、国体(10メートルAR20発)を制覇。11年、日本大学に進学した。個人では11年全日本学生選抜、12年全日本女子学生で10メートルAR、13年全日本女子学生では50メートルライフル3姿勢を制覇。また13年全日本女子学生では団体優勝にも貢献した。2012年度からナショナルチームに選出されている。



(文・写真/鈴木友多)


◎バックナンバーはこちらから