5月24日 カナダ・モントリオール ベルセンター
スーパーウェルター級10回戦
 WBO世界スーパーウェルター級6位
ジャーメル・チャーロ(アメリカ/23戦全勝(11KO))
vs.
 WBO世界スーパーウェルター級9位
チャーリー太田(アメリカ、日本/24勝(16KO)1敗1分)

 ニューヨーク生まれの元日本&東洋太平洋スーパーウェルター級王者、チャーリー太田の“キャリア最大の一戦”が間近に迫っている。
(写真:チャーリーにとって一世一代の大勝負はもうすぐだ)
 来週末に米メガケーブルテレビ局Showtimeがカナダから生中継する注目の興行で、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)が手塩にかけてきたトッププロスペクトのチャーロと対戦する。今回の一戦はチャーロにとってタイトル挑戦前の最後の関門であり、同時にShowtimeを通じて、その能力をアピールするためのショウケース・ファイトだと言ってよいだろう。

 そして、その対戦相手に抜擢されたチャーリーにとっても、アメリカで名前を売る大きなチャンスである。
「重圧は感じていないよ。こんな重要な試合をずっと待ちわびていたからね」
“楽しみな一方でプレッシャーもあるのでは?”と訊くと、チャーリーからはそんな答えが返って来た。正直な想いの吐露なのだろう。

 これまで日本で実績を積み上げ、世界ランキングにも入りながら、ビッグファイトのチャンスは廻ってこなかった。ニューヨークで2戦2勝ながら、合間に組まれた試合が直前で流れる不運などもあって、望んでいたアピールは叶わないまま。世界的に層の厚いスーパーウェルター級という階級だけに、32歳になった黒人ファイターには焦りもあったはずだ。

 紆余曲折の果て、ついに巡ってきた今回の一戦は、まさにボクシング人生を左右する大一番である。Showtimeで中継される試合で印象的な形で勝てば、商品価値は一気に上がる。そのときには、日米両方のボクシングファンから支持を受けて、近未来に世界タイトル挑戦にこぎ着けられるに違いない。
(写真:普段は心優しいナイスガイのチャーリーだが、この試合にかける想いが強いことは言うまでもない)

 ただ、兄ジャーマルとともに双子ボクサーとして注目されてきたチャーロは、簡単な相手ではない。兄と比べてパワーこそ劣るものの、テキサス州出身の23歳は平均以上のスピードとボディワークを備えた好ボクサーである。1月には元世界タイトル挑戦者のガブリエル・ロサドに明白な判定勝ちを収め、真価を疑問視する声を吹き飛ばしてみせた。

「ジャーメルのタイトル挑戦は、チャーロ兄弟にとって、私にとって、ドリーム・カム・トゥルー。双子の兄弟が同時に世界タイトルを保持したケースは過去に1度しかなかったはずだから、歴史的なことになる」

 GBPのリチャード・シェイファーCEOはそう語り、チャーロ兄弟のプッシュに意欲をみせる。双子ボクサーは米国内でも売り出しやすいだけに、プロモーター側にとっても順調に育って欲しい人材のはず。そんな背景を考慮すれば、GBP主催の興行ではないとはいえ、チャーリーがチャーロ戦で微妙な判定を握るのは難しいのではないかと勘ぐってしまう。

 判定によるやり切れない結果を避けるために、チャーリーは分かりやすい形でポイントを奪う必要がある。自慢の強打でダメージを与え、KOできればもちろんベター。これまでで最強の相手を迎える正念場のファイトを、“The Lightning(チャーリーの愛称)”は明白な形で制さなければならない。
(写真:当日のベルセンターには2万人近い大観衆が集まりそう。正真正銘の大舞台である)

「うまく相手にプレッシャーをかけていくつもりだ。良いディフェンスとバランスを保ちながら、コンビネーションを打ち込めればチャンスは出てくる。自分の思うような展開になっていないと感じたら、プレッシャーを強めて勝負をかけていかなければならないだろうね」

 そう語るチャーリーの真価と覚悟が、モントリオールのリングで問われることになる。スピードでは相手がやや上回るだけに、序盤はポイントを奪われることもあるかもしれない。本人が半ば予期している通り、中盤あたりで不利な戦況に陥ることも十分に考えられる。そんな難しいファイトで、チャーリーがどのように活路を開いていくかに興味はそそられる。

 ボクシングとは、残酷なほどに厳しく、原始的なスポーツである。大勢の人々が見守る前で、リングという限られた空間で、半裸でパンチを振るい合う。ときに不可解な判定問題を別にすれば、優劣が運不運に左右される余地は基本的に存在しない。そして、いつか強敵と対戦したときに、リング上で誰もが経験する修羅の時間の中で、すべてのボクサーたちは自らの真の姿を世に曝す。
(写真:ジムメイトで同じく世界ランカーの荒川仁人とともに汗を流す)

 味わったことのない苦境の中で、普段以上の力を出せるもの、最後まで粘り抜くもの、弱気になってしまうもの、諦めてしまうもの……ひとりの人間のまっさらな姿が見えるこの一瞬こそが、ボクシングで最もスリリングな時間である。八王子中屋ジムのチャーリーにとっては、このチャーロ戦こそが“真実の瞬間”になると筆者は信じている。

 これまでにないほど、つらく苦しい試合になるだろう。紆余曲折を経ながらも世界の頂点に迫ってきた32歳は、試練の中でどんな姿を見せてくれるのか。
 5月24日は“審判の日”である。リスクは大きいが、乗り越えれば得られるものも小さくない。苦難を雄々しく突破すれば、その先に、チャーリーが長く夢見てきた世界タイトル戦のリングがはっきりと見えてくる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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