「ブルペンでの状態は良かった。90マイル台前半から中盤くらいまではラクに投げられるように感じたよ。まだやるべきことは残っているけど、少しでも早く復帰したいという気持ちに変わりはない」
 8月14日、ESPNラジオのインタヴューに応えたマット・ハービーのそんな言葉を聴いて、来季への希望を膨らませたメッツファンは多かったはずだ。
(写真:ハービーの順調な回復はファンに希望を与えている)
 去年のオールスターで先発しながら、その後に右肘の痛みを訴え、トミー・ジョン手術を余儀なくされたハービー。実力と華を兼ね備えたエースが、2015年には全開で戻って来れるかもしれない。

 今季も57勝65敗(現地8月14日現在)と苦戦を続けるメッツは、8年連続のプレーオフ逸も濃厚。しかし、直近の35戦では19勝16敗という数字が示す通り、好材料も決して少なくない。

 6月にデヴューしたジェイコブ・デグロムは最新の8先発で防御率1.73を残し、新たなエース候補として名乗りを挙げた。これで前記のハービー、デグロム、ザック・ウィーラー、ジョナサン・ニース、ディロン・ジーと優れた先発投手がズラリと揃い、さらに3Aではハービー、ウィーラー以上の素材と呼ばれるノア・シンダガードも出番を待っている。
(写真:デグロムはNYの新たなセンセーションになりつつある)

 ブルペンでもヘンリー・メヒーヤ、ヘウリス・ファミリアが台頭し、ハービーと同じく右肘に手術を受けたボビー・パーネルも来季には復帰してくる。このように先発、ブルペンの両方に若いタレントがひしめいたメッツは、近い将来に投手王国となる可能性も充分ある。

 野手ではルーカス・デューダ、トラビス・ダーノウが芽を出し、ファン・ラガレス、ウィルマー・フローレス、マット・デンデッカーといった若手も成長している。あとはショートストップとレフトのメンバーが確立すれば、本当にプレーオフが争える陣容が整う。長期視野での“再建”を続けるメッツが、確実に前に進んでいることは間違いないだろう。

 ただ……前記通り、もう長くプレーオフから遠ざかっているメッツにとって、今季は新たなステップの年ではなく、収穫のシーズンだったはずだ。
 過去5年連続で負け越しを続け、90勝以上を挙げたシーズンは2006年以降はゼロ。そんなメッツが“本気で勝ちにいくべき年”として、数年来のターゲットにしていたのが2014年だったのである。
(写真:グランダーソン<右>の加入も大きな効果は生み出せていない)

「今季の私たちにはシーズン90勝を挙げる力がある」
 2月下旬には、普段は大言壮語の少ないサンディ・アルダーソンGMがチーム上層部にそう伝えたと地元メディアが報道し、話題になった。

 ニューヨークという大都市に本拠地を置きながら、プレーオフ出場は過去25年中3度のみ。地元ファンもそろそろ痺れを切らしているのが正直なところで、“勝利に飢えている”と言っても大げさではない。そのチームが再び負け越しシーズンを経験しようとしているのだから、「今季また一歩、前に進んだ」などと悠長なことを言っているべきではない。

「選手たちは全力を尽くしてきてくれた。もちろん成功は勝敗によって測られるもので、今以上に多くの勝ち星を挙げられていないことを残念に思う。ただできる限りのことはやってきたと感じている」
 テリー・コリンズ監督はそう語っているが、ファンもせっかちなニューヨークでは、ときに「ベストを尽くす」以上のものが必要なのは紛れもない事実である。
(写真:熱血漢のコリンズ監督はチームの姿勢を讃えてはいるが……)

 牛歩の前進ではなく、目先の勝利を手にするために、延々と続く“育成期間”はそろそろ終わらせなければならない。具体的には、積極的な補強策は不可欠。8月中にもまだウェーバーを通過した上でのトレードはできるだけに、来季以降まで睨んだてこ入れが可能ならば取り組むべきである。

 豊富に揃った先発投手のプロスペクトは、有用なトレードの駒にもなる。彼らを放出してカルロス・ゴンザレス、トロイ・トゥロイツキー(ともにロッキーズ)、スターリン・カストロ(カブス)といったビッグネームを獲得する噂は散々囁かれてきたが、引き金を引くときが来たのだろう。

 なかでも最もチームに適しているのは、メジャー最高の大型遊撃手であるトゥロイツキー。このトゥロイツキーは再び故障者リスト入りし、今季中の復帰が絶望となってしまったが、そんな今だからこそ逆にトレードをまとめるチャンスという見方もできる。毎年決まってケガをする遊撃手の獲得はリスキーだが、大きな成功のためには必要に応じて危険も冒さなければいけない。

 ジー、ニース、ラファエル・モンテロといった3〜4番手の投手を放出するか、あるいはウィーラー、シンダガードのようなエース候補の1人を出しても大改革に挑むか。今から来季の開幕までに、フロントの覚悟が問われることになる。
(写真:地元メディアに囲まれるアルダーソンGM。より積極的に動く時が来た)

 負けると分かっていても戦わなければならないときがある代わりに、どんな犠牲を払ってでも勝利を手にしなければいけない季節もある。今季に“収穫”の公約を果たせなかった後で、メッツにとっての2015年は、絶対にプレーオフ争いに絡まなければいけない必勝の1年となる。

 ホップ、ステップ、ジャンプの“ジャンプ”の季節を、ニューヨークのファンは首を長くしながら待ち受けている。そのシーズンに、もしも今と変わらないロースターで臨むようなことがあれば、ニューヨークで最も献身的なメッツの支持者たちも、もう納得はしないはずである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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