石井慧は、ステップアップする上で大切な一戦に勝つことができなかった。
 8月23日、両国国技館での『INOKI GENOME FIGHT2』でミルコ・クロコップに額をヒジで切られてTKO負け、昨年大晦日に藤田和之を下して獲得したIGFチャンピオンシップを失ったのだ。
 善戦ではあったと思う。
 スタンディングの状態でも石井はミルコに臆することなく向かい合う。そして、ミルコがキックを放った時に組みつき、グラウンドへと持ち込み、上になる体勢をつくった。
 パウンドで勝機を見出そうとする石井。だが、ミルコも老獪にディフェンス。必要以上に上体を突っ込ませる石井に対して内側から脇を入れて巧みにかわしていた。

 試合を優勢に運んでいたのは石井のはずだった。しかし、上位の体勢を保ちながらも、ミルコにヒジ打ちで額をカットされ流血。幾度かのドクターチェックの後に、さらに流血は激しくなり、ストップがかけられてしまう。2ラウンドで勝負は決された。

 石井は以前よりもファイターとしての戦闘技術を高めていたし、「運が悪かった」由の敗北と見る向きもあるだろう。
 だが、この一戦、大一番での勝負弱さが際立ってしまったように私には思えた。

 ミルコは既に『PRIDE』で活躍していた全盛時の彼ではない。
 2006年9月にジョシュ・バーネットを下して、PRIDE無差別級グランプリを制した時がピーク。以降、UFCに参戦するも通算成績4勝6敗。その実力に陰りを見せ始めていく。昨年3月には、母国クロアチア・ザグレブでの『K-1 WORLD GP FINAL』で優勝を果たすも、対戦相手のレベルが低く、またミルコ自身も動きに精彩を欠いた観は否めない。この大会の予選であった『K-1 RISING 2012 WORLD GP FINAL16(2012年10月14日、両国国技館)』でランディ・ブレイク戦では2−0の判定勝ちを収めているが、格下相手にダウンを喫するなど、観る人に「ミルコ衰えたり」の印象しか与えることができなかった。

 そんな下り坂のミルコに内容云々ではなく石井は勝たねばならなかったはずだ。
 思い起こせば、2009年大晦日『Dynamite!!』での吉田秀彦とのデビュー戦。すでに満身創痍の吉田を相手に、晴れ舞台が用意されていたはずの試合で、石井は番狂わせの敗北を喫した。それと今回も同じである。またもや勝負弱さを露呈してしまった。

 伸び悩む石井だが、年内に壁を破るチャンスが用意されている。
 今年の大晦日には『INOKI BOM-BA-YE 2014』が開催され、そこにミルコの参戦が内定している。ならば、ミルコvs石井の再戦が組まれる可能性は極めて高い。ここで石井が勝てるか否か? “キラー石井”を体現できるか否か?

 石井の進歩はゆっくりだ。ゆっくり過ぎる。ファンは、いつまでも待ってはくれない。大晦日のミルコの再戦が実現すれば、これが石井にとってのラストチャンスのようにも感じる。
 大晦日は“キラー石井”を見たいと思うが……。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン 〜人種差別をのりこえたメジャーリーガー〜』(ともに汐文社)。最新刊は『運動能力アップのコツ』(汐文社)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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