「余計なことを考えず、頭にあるのはヒットを打つことだけ。ただ、打てる球が来たらスイングする。僕のアプローチはキャリアを通じていつも同じで、投手によって変えたりはしないんだ。ただ……もしかしたら変えるべきときもあったのかもしれないけどね(笑)」
 9月上旬、今季限りでの引退を発表しているデレク・ジーターに、ある日本人投手の攻略法について訊いたときのこと。そんな答えを返してくれたジーターの爽やかな表情が忘れられない。
(写真:ジーターの姿がスタジアムから消える日は間近に迫っている Photo By Gemini Keez)
 相手に安心感を与える笑顔と、軽妙な語り口は相変わらず。しかし、取材を終えた後に思い出したことだが、これまでのジーターは自分自身について話すのを何より嫌う選手だったはずだ。そんな背番号2が、自身の打撃アプローチを語ってくれたのは筆者の取材歴で初めてのこと。チーム重視の姿勢を保ち続けてきたキャプテンにも、最後のシーズンが残り1ヶ月を切り、何らかの変化はあるのかもしれない。

 そして残念ながら、9月終盤のヤンキースの見どころはこのジーターの“最後の日々”だけになってしまいそうな予感が濃厚に漂い始めている。
 投手陣にケガ人が続出し、打線も誤算ばかりだった2014年は厳しいシーズンとなってきた。9月4日のゲームを終えた時点で、ヤンキースはアメリカンリーグ東地区首位のオリオールズに9.5ゲーム差、ワイルドカード争いでもタイガースに4ゲーム差をつけられている。“常勝”と呼ばれてきたチームにとって、屈辱的な2年連続のプレーオフ逸の危機は現実的なものとなりつつある。

 個人的に何より寂しいのが、現在のヤンキースは過去と比べて退屈なチームになってしまったことだ。ジーター、マリアーノ・リベラ、アンディ・ペティート、ホルヘ・ポサダの“コアフォー”が君臨した豊潤な時代は終焉。野手陣はジャコビー・エルスベリー、ブレッド・ガードナー、ブライアン・マッキャンらを中心に、周囲をマーティン・プラド、チェイス・ヘッドリー、スティーブン・ドリューのような仕事人タイプが囲む地味なロースターになった。
(写真:ヤンキースタジアムからかつての熱気が消え失せて久しい Photo By Gemini Keez)

「(今季のヤンキースは)最後に複数年連続でプレーオフを逃した1993年以来、最悪のチームかもしれない」
 ニューヨーク・デイリーニューズ紙のベテランコラムニスト、ジョン・マッデン氏の指摘は少々厳し過ぎるかもしれない。数々の誤算の後、この時期にプレーオフへの可能性を残した位置にいられるのはやはり伝統の力。今年はプレーオフに出れなくとも、オフに的確な補強を加えられれば、来季は再び優勝を狙えるチームに戻る可能性はある。一流半の選手を集めるやり方で、宿敵レッドソックスが昨季、世界一になったことも心強い材料ではある。

 しかし……今のヤンキースには、ジーター以外に目玉となる華やかなスターが不在になってしまった感はどうしても否めない。特に今年7月に田中将大が故障離脱以降、その傾向が顕著になった。そして、ジーターがいなくなる来年以降もこの流れは変わらないだろう。
(写真:現在の野手でジーターに次ぐ存在感があるのは、あるいは背番号31のイチローかもしれない Photo By Gemini Keez)

 出場停止中のアレックス・ロドリゲスが戻って来ればインスタントな話題になるが、長続きはするまい。今オフにジャンカルロ・スタントン(マーリンズ)、トロイ・トゥロイツキー(ロッキーズ)のような大物野手をトレードで獲得できれば良いが、交換要員となる人材の乏しさを考えれば現実的ではない。

 結果として、今後のヤンキースは“数年に1度、優勝争いに絡む普通の強豪チーム”であり続ける可能性が高い。3年連続で減少していた観客動員は今季はジーター効果もあって多少は持ち直したが、目玉不在になる来年以降はさらに低下を続けるに違いない。戦力均衡化の進むMLBではこんな現状も仕方ないが、それでもやはり、ふと寂しさもよぎる。

 かつて、ヤンキースは強かった。1998〜2000年に“コアフォー”を軸にワールドシリーズ3連覇を果たしたチームは鋼のように強靭で、すべての野球人の模範となるような勝負師軍団だった。以降はジェイソン・ジアンビ、ゲイリー・シェフィールド、ランディ・ジョンソン、松井秀喜のようなメガスターを毎年かき集め、球界を代表するヒール(悪役)としての魅力を放ち続けた。

 しかし、ダイナスティは終わり、もはや“銀河系軍団”でも“悪の帝国”でもなくなった。2年連続プレーオフ逸の瀬戸際にいる今のヤンキースは、他球団のファンが嫌い、負けることを願いたくなるようなチームではなくなってしまった。

 筆者はニューヨークに長く住んでいてもヤンキースファンではないが、それでも地元チームの存在感が薄れたことは残念に思う。同時に“ジーター以降”のヤンキースの行く末をさらに懸念せずにはいられない。

 今後は誰がこのチームの看板を背負っていくことになるのか? 救世主となるような新スターは現れるのか? 必ずしも興味深いことを言ってくれるわけではなくとも、常にクラブハウスでスポークスマン役を果たし続けたジーターの代わりをいったい誰が務められるだろう?
(写真:ジラルディ監督は“コアフォー”がすべていなくなるチームを来季以降どう操縦していくか Photo By Gemini Keez)

 2007年まで13年連続、2012年までの18年のうち17度もプレーオフに出場したヤンキースは強かった。あんなチームは、もう2度と現れることはない。
 この時代のヤンキースをニューヨークで観ることができた私たちは、恐らくたとえようもなく幸運だった。そして、ジーターの現役最後の1カ月は、私たちが黄金期の残り香に触れられる本当に最後の機会になってしまうはず。“コアフォー”がついに誰もいなくなったその先に、この20年で初めて踏み入れる荒野が広がっているのが目に浮かぶようでもある。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。この3月に最新刊『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)を上梓。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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