競泳、トライアスロン、フリーダイビング……山本化学工業はさまざまな競技で使われるウェアやスーツ用に高機能素材を開発し、アスリートのパフォーマンス向上に寄与してきた。そして、この秋、また新たな競技に素材を提供する。スピードスケートのレーシングスーツだ。ウェットスーツ素材を改良し、空気抵抗を少なく、かつ、動きやすいウェアを目指す。

「これまでとは異なるコンセプトのスーツをつくりたい」
 山本富造社長は新規参入に強い意気込みをみせる。
「従来のスーツはウレタン素材が主で、体との一体感はそれほどでもなかったのではないでしょうか。皮膚とスーツがずれれば、その分、しわもできて空気抵抗が生まれる。我々のウェットスーツ素材を応用すれば、その点は解消できると考えたんです」

 山本化学工業ではショートトラックの選手たちに「メディカルバイオラバー」を提供し、疲労軽減をサポートしてきた経験をもとに、1年前からスーツ用の素材開発に乗り出した。水中と空気中で違いはあれど、抵抗を限りなく小さくし、フィット感を高める試みは競泳用水着やウェットスーツ素材でも取り組んできたテーマだ。

「動きの激しいスピードスケートでも皮膚と同じようにスーツが動く。そのくらいの動きやすさを追求しました」と山本社長が明かすように、開発の過程では地元の大学生の選手たちにも試着をしてもらい、意見を聞いた。こうした試行錯誤の末、スピードスケートに適したスーツ素材をつくることに成功した。

「まだ改善の余地があるので、一般発売は先になるでしょうが、実際に選手に使ってもらって情報を集めたいと考えています。フィット感があり、動きやすい、そして空気抵抗もほとんどない。そんなスーツをつくるには、素材自体もいろいろ改良していく必要があるでしょうね」
 山本社長は妥協を許さない。スピードスケートの世界も、近年はスーツの性能が成績にも影響を及ぼすとされ、各メーカーがテクノロジーを競い合っている。ウェットスーツ素材では世界的なシェアを誇る山本化学工業が氷上でもトップを目指して滑りだす。

 五輪へ近大水上競技部と提携
 
 2020年東京五輪で金メダル30個――。昨年から山本化学工業は、そんなプロジェクトを掲げ、高機能素材や“ゼロポジション”の概念を取り入れたアイテムなどの開発に一層、力を注いでいる。また、将来有望なジュニアやユース世代をサポートする取り組みも開始した。

 競泳では、これまで日本体育大学で「ゼロポジション水着」などを伸び盛りの若手に使用してもらっていたが、今後は関西競泳界の雄でもある近畿大学とも提携していくことが決まった。アテネ五輪男子200メートルバタフライ銀メダリストの山本貴司監督ともコミュニケーションをとり、選手たちの記録向上を支える。

「今までもゼロポジション水着は一部で取り入れてもらっていたようですが、浮心と重心を完全に一致した状態で泳いでもらうために微調整をしたり、選手個々の要望に応えられるかたちにしたいと考えています。二の腕に巻いて息継ぎをサポートするグッズや、骨盤を正しい位置に整える“ゼロポジションベルト”もありますから、これらも導入してトレーニングをしてもらえれば」

 山本社長は連携に期待を寄せる。現場からの声は山本化学工業にとって素材改良や新しいアイデアのヒントにもなる。お互いが高め合いながら、2年後のリオデジャネイロ五輪、そして東京五輪でのトップスイマー輩出を狙う。

 遺伝子検査でスポーツと医療の橋渡しを

 五輪のような大舞台で好成績を残すには、ピーキングが重要と言われる。いかに本番へコンディションを上げ、最高の状態へ持っていくか。トップクラスでは、ほんのわずかな差が明暗を分けるだけに、選手や指導者は調整に細心の注意を払っている。

「試合に向けた取り組みでは食事やトレーニングといった部分に目が行きがちです。でも、いくら栄養バランスのよい食事をして、トレーニングが充実していても、内臓が弱いといった遺伝的要素があるとパフォーマンスに影響が出る。今後は選手の体質に応じた対策も必要になってくるのではないでしょうか」
 そう考える山本社長が注目しているのが、前回も紹介した遺伝子検査である。スポーツ医学の現場でも選手の血液を採取し、遺伝子検査によって体質を調べることが、この先、広がりをみせそうだ。

 現在、山本化学工業では、日本統合医療学会理事長を務める東大・渥美和彦名誉教授の協力により、バイオラバーを体に当てることで、遺伝情報をコピーして伝えるメッセンジャー(m)RNAの出現量が増えるかどうかをリサーチしている。mRNAの出現量を5段階評価し、バイオラバーを一定期間装着した後に変化をみる。

「まだ中間段階ですが、バイオラバーを当てた部分の体温が0.3〜1度上昇し、mRNAの出現も増えるという関係がみられそうです」
 山本社長の言葉が最終的に実証されれば、バイオラバーは筋肉を温めて動きやすい状態にしたり、低体温を解消したりといった効果にとどまらず、遺伝子医療の観点からも役立つアイテムになるかもしれない。たとえば、老化を遅らせるといわれる長寿遺伝子の活性化にバイオラバーが寄与する可能性がある。

「内臓が遺伝的に弱い人には、その部分にバイオラバーを当てることで、mRNAの出現を促し、遺伝子を活性化させるという使い方もできるでしょうね。一般の人たち以上に、アスリートは体の状態がパフォーマンスを大きく左右する。バイオラバーは内服薬のように体内に摂取するものではなく、ドーピングの不安はない。筋肉だけでなく、内臓にも当てて体調管理をサポートする使い道が出てくるかもしれません」
 山本社長は、そんな近未来を予想する。

「体のコンディションがより完璧に近づけば、好記録やハイパフォーマンスを引き出せるはず。選手寿命を伸ばすことにもつながるでしょう。我々はスポーツと医療の分野で、それぞれ製品開発を行ってきましたが、これからは両者をつなげる提案ができるのではないかと楽しみにしています」

 2020年には、よりスポーツと遺伝子検査は密接な関係になっていることだろう。山本化学工業はウェアやスーツ用の高機能素材で“第2の筋肉”をつくるのみならず、体の内面からもアスリートのレベルアップを支えようとしている。

 山本化学工業株式会社