アメリカでは近年、ケーブルテレビ限定のコンテンツとなっていたボクシングが、地上波に戻ってくる。1月14日、ニューヨークのNBCオフィスビルにおいて、新テレビシリーズ「プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)」の開始が発表された。
(写真:新ヘビー級王者ワイルダー(右)は新シリーズの目玉となるか Photo by Kotaro Ohashi)
 このシリーズは3月7日に開始され、2015年中に全20興行を予定。土曜日のプライムタイム枠で5度、午後に6度の興行が組まれ、これらをすべてNBCが放送する。さらに残り9つの興行はNBCのケーブル局であるNBCスポーツで放送されるという画期的なものである。

 記念すべき3月の第1回はMGMグランドガーデン・アリーナで開催され、ダブルメインのキース・サーマン対ロバート・ゲレーロ、エイドリアン・ブローナー対ジョン・モリーナはどちらも好カード。4月11日の第2回興行でも、ダニー・ガルシア対ラモン・ピーターソンというスーパーライト級タイトルホルダー同士の対決が組まれている。

 この新プログラムの仕掛人が、現代最高のフィクサーであり、“ボクシング界で最も影響力のある人物”と呼ばれるようになった強力アドバイザー、アル・ヘイモンであることは言うまでもない。

「シリーズ中には素晴らしいマッチアップをファンにお届けできるはずだ。ヘイモンは150人以上の選手を抱えていて、私たちは最高のカードをまとめていく。契約下にない選手との対戦も可能にするつもりでいる」
 シリーズの副社長を務めるレイモント・ジョーンズ氏のそんなコメント通り、ここまで発表されたカードはファン垂涎の組み合わせばかりだ。
(写真:4月のガルシア(左)対ピーターソン戦も好カード Photo by Kotaro Ohashi)

 また、NBCとの契約の1週間後には、ヘイモンはスポーツ系のケーブルチャンネルであるスパイクTVとの新シリーズも発表。3月13日の第1回ではアンドレ・ベルト対ホセシト・ロペスというウェルター級サバイバル戦、元王者ショーン・ポーターの復帰戦と、これまた悪くないマッチアップを用意した。

 これまで出場が発表された選手以外にも、フロイド・メイウェザー、デオンテイ・ワイルダー、アミア・カーン、レオ・サンタ・クルス、アドニス・スティーブンソン、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア、亀田和毅……とヘイモンは蒼々たる陣容を契約下に抱えている。2014年はミスマッチを連発してファンの不評を買ったが、そのすべてはこの新企画で勝負をかけるためのの下準備に過ぎなかったのだろう。
(写真:サンタ・クルス(左)と日本人選手の対戦は実現するか Photo by Kotaro Ohashi)

 特にNBCの新シリーズはNFLのスーパーボウルの中継中にもCMが流されるという情報もあるだけに、ボクシングマニアのみならず、スポーツファンの視線を少なからず惹きつけることは間違いあるまい。

 近年は人気スポーツとはいえないボクシングのプライムタイム起用はテレビ局のギャンブルに思えるかもしれないが、実はNBC側にリスクはない。
 メガケーブル局のHBO、Showtimeはそれぞれのカードに数百万ドルをつぎ込んで興行をつくってきたのに対し、NBCはただ放映スポットを提供するだけであって、お金は費やさない。自前の資金と投資家たちからの援助を合わせ、ヘイモンは少なくとも2000万ドル、一説では1億ドルとも呼ばれる大金を新シリーズに注ぎ込むことになる。

 金銭のリスクがないのであれば、視聴率が相当落ち込みでもしない限り、NBCはそう簡単にシリーズをキャンセルはしないだろう。悪くない視聴率を稼ぎ、広告も惹きつけられることが証明されれば、地上波テレビ側がボクシングに投資を始める可能性も十分にある。たとえば2011年にFOXが総合格闘技のUFCと1億ドルの放映契約を締結したようなシナリオは、ボクシング界でも、もう夢物語ではないはずだ。

 こうして新しいビジネスモデルが提示された2015年は、業界にとって転換点の1年になりそうである。
 これまでトップレベルのボクシングはHBO、Showtimeといったプレミアチャンネルと契約するか、あるいはPPVのために別料金を払わなければ視聴できなかった。おかげで一部の人気ボクサーは莫大な報酬を獲得することが可能になった代わりに、ボクシングは“見たい人にしか見られないスポーツ”になっていた。

 そんなシステムが変化し、地上波でハイレベルのカードが定期的に放送されるようになることは、ファンにとって歓迎すべき流れのはず。そして、選手の一般的な知名度に対する影響も大きい。たとえば1月17日にWBC世界ヘビー級王座を獲得したばかりのワイルダーなどは、今後も勝ち続ければボクシング界の範疇を越えたビッグネームになる可能性がある。

「ヘイモンの計画はボクシングを地上波に戻すだけでなく、可能な限りのテレビ放送日を手に入れることだと聞いている(傘下の150選手に試合機会を供給しようと思えば、その必要がある)。そして、唯一の存在になること。簡単に言うと、ライバルたちを弾き出し、この業界を支配する人物になろうとしている」

 ベテランのボクシング記者、スティーブ・キムは自身のコラム内でそう記していた。端的に言えば、ヘイモンのプランは“ボクシング界の乗っ取り計画”。ハーバード大卒のフィクサーの思惑通りに物事が運んだ場合、スポーツケーブル局は業界にとって不要の存在になるかもしれない。
(写真:Showtimeのボス、エスピノーザ氏はとりあえずNBCをサポートする構えを見せているが…… Photo by Kotaro Ohashi)

 1990年代後半にはボクシングに9000万ドルという莫大な予算を費やしたHBOも、現在の予算は3000万ドル程度。さらにこのスポーツが地上波で再び成功できると証明された際には、最終的にHBO、Showtimeは業界から足を洗うことを予想する関係者も出てきている。

 そして、テレビスケジュールがヘイモンの独占状態になったとすれば、トップランク、ゴールデンボーイ・プロモーションズといった大手プロモーターの選手獲得もさらに難しくなっていくに違いない。

 実際にそんな流れになるのかどうか、今年、来年あたりには徐々に趨勢が判明してくるように思える。そういった意味で、2015年はアメリカボクシング界のターニングポイント。HBOがトップファイトを放送し始めた1980年以降では最大の変化が業界にもたらされ、激震の予感は本物になった。

 NBC新シリーズが今後もファンを喜ばせるカードを提供し続けられるか。そして、そこからどんな興行成績が弾き出されるか。それらの答えの先に、ボクシング界のさらなる変革がうっすらと見えてくる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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