「カーテンコールで迎えてもらえる日々なんて、もうとっくの昔に終わったと思っていた。素晴らしかったよ。僕にとってのエネルギーになる」
 5月7日のオリオールズ戦で今季7号本塁打を打った試合後、ヤンキースのアレックス・ロドリゲスは晴れやかな表情でそう語った。
(写真:今季ここまでのA・ロッドは以前よりも自然な姿でスタジアムでの時間を過ごしているように見える Photo By Gemini Keez)
 この一発で通算661号となり、ウィリー・メイズを抜きMLB史上で単独4位に浮上した。上にいるのはバリー・ボンズ、ハンク・アーロン、ベーブ・ルースという蒼々たるメンバーのみ。ただ、そんな数字にたどり着いたことと同等か、あるいはそれ以上に、ニューヨークのファンから大歓声を浴びたことがロドリゲスは嬉しかったのではないか。

「1年前の今頃には、再びラインナップに名を連ねて勝利に貢献できるなんて夢にも思わなかったからね」
 普段のA・ロッドのコメントは、シナリオを読んでいるようで白々しさを感じさせることも多い。しかし、この日の会見での言葉は真実味があるように感じたのは筆者だけではなかっただろう。

 禁止薬物使用で昨季は1年間の出場停止処分を受けたロドリゲスが、今季から復帰した。7月で40歳と年齢を重ねていることもあり、“もうプレーできる状態ではないのでは”と疑う声も開幕前は多かった。

 しかし、ここまで打率こそ.250以下ながら、すでに9本塁打を放ち、出塁率.355、OPSも.907と上質だ。衰えの目立った2〜3年前と比べてスイングスピードが蘇り、打線の中で警戒を促す危険な打者に戻った感がある。

 何よりも驚くべきことは、ヤンキースタジアムのファンから徐々に温かい拍手を浴び始めていることだ。上記通り、661号の際はスタンディングオベーションが沸き起こり、カーテンコールの歓待を受けた。その日に限らず、普段のホームゲーム時にも当初予想されたようなブーイングはほとんど受けていない。
(写真:熱心なファンは少なくない)

 度重なる薬物使用で1シーズンの出場停止処分を受けた選手が春先から歓声を浴びることなど、日本のファンには理解し難いかもしれない。“セカンドチャンスの街”と呼ばれるニューヨークでも、A・ロッドに関しては人々の心を掴むのはもう難しいと思われていた。

 そんなA・ロッドに、なぜニューヨーカーから再び拍手が送られ始めたのか。その理由は、端的に言って3つ。まず第1に、上記通り、予想を上回るレベルで活躍していること。前評判を覆してア・リーグ東地区の首位を走るヤンキースに、A・ロッドもさまざまな形で貢献してでた。ニューヨークは今も昔も“勝てば官軍”の街だけに、A・ロッドが打ち、勝っている限り、過去もある程度は忘れてもらえる。

 また、今季ここまでのロドリゲスはクラブハウスでもおとなしく、論議を呼ぶような発言は基本的に避けていることも大きいに違いない。打順、守備位置などはたらい回しにされているが、それに関しても不用意なコメントは一切ない。
(写真:試合前後のインタヴューにも丁寧に愛想良く応えている)

 メイズの本塁打記録更新時に手にできるはずだった600万ドルのボーナス支払いをヤンキース側は拒否すると伝えられている。だが、それでも「再びこうして野球ができることに感謝している。ボーナスのことは頭にないよ」と笑顔だった。

 ロドリゲスの発言はさまざまな形で取沙汰され、分析される。しかし今季はここまでのところ、周囲に突っ込む材料を与えていない。長くニューヨークで過ごしてきた筆者の目にも、今の彼はわざとらしさが薄れ、過去よりもスタジアムで快適に過ごしているように見えるのも事実ではある。

 そして何より、今のヤンキースにはロドリゲス以外にスター性のある選手、ファンがカネを払って観たいと感じるスーパースターが少ないのも大きいのだろう。
「(世界一に貢献した)2009年のプレーオフ、それ以外の何度かの重要な活躍の際を除けば、A・ロッドは常にブーイングの対象だった。しかし、デレク・ジーターが引退した今、ファンはアンチ・ジーターと呼べる存在の選手に声援を送ることに罪悪感を感じなくなったようにすら思える」
 ニューヨーク・デイリーニューズ紙のジョン・ハーパー記者のそんな記述は、ヤンキースファンの微妙な心理を表しているのかもしれない。

 ここ数年でジーター、マリアーノ・リベラ、アンディ・ペティートといった英雄たちが続々と引退。ファンの心にもぽっかりと穴が空いたところに、存在感では誰にも負けないロドリゲスが戻ってきた。

 少なくともここまでのところ、A・ロッドは常に笑顔を浮かべ、楽しそうにプレーしている。フィールド上でも結果を出し、チームの勝利にも貢献している。素直に応援し切れない気持ちが残っている人もいるに違いないが、それでも、ポジティブなバイブを出し始めた選手をいつまでもブーイングし続けるのは難しい。

 もちろん、現在のポジティブな流れがいつまで続くかは分からない。40歳を間近に控えた選手が打棒を取り戻したことで、“また薬物に手を染めているのではないか”と疑う人が出てきても無理はない。高齢ゆえに大きな故障もいつでも起こり得るし、活躍が止まれば歓声も消える。そして、地元以外の街では依然として大ブーイングを浴びていることも付け加えておきたい。
(写真:打撃練習でも快音を響かせている。ただ、現在のように活躍できなくなった時、ファンはどう反応するのか)

 その一方で、1年のブランクを経て瑞々しさを取り戻したロドリゲスが、“セカンドチャンスの街”での復活ストーリーを続けても、もう驚くべきではない。全盛期には誰よりもファンの愛を熱望した選手が、どん底に落ちた後、キャリアのこのタイミングに拍手を浴びるようになった事実は皮肉にも映る。

 紆余曲折を続けたA・ロッドの物語は、もう美談にはなり得ない。しかし、特にこの国では、才能のあるものには何度でもチャンスが与えられる。そして、本当に欲しいものは「夢にも思わなくなった」頃に得てして手に入るという真実を体現している。その意味で、彼の軌跡は興味深く思えてくるのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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