横浜DeNAにユリエスキ・グリエルが入団するそうだ。キューバ代表のNo.1打者といっていい。日本人打者は、グリエルのスイングを学んだらいい、というのが年来の私の持論である。プロ野球の選手は今さら無理かもしれないが、高校野球の打者たちは、ぜひ――。

 わがカープの外国人選手も、今季はすばらしい。筆頭は、なんといってもブラッド・エルドレッド。

 それにしても、不思議なことが起こるものだ。去年、故障離脱するまでのエルドレッドは、当たったらどでかいホームランを放つが、バットがボールに当たる確率は限りなく低い、という打者だった。こういう打者が、大化けすると、あなたは予想できましたか?

 だから正直に言うと、去年、故障明けのエルドレッドを野村謙二郎監督が中軸で起用したとき、その用兵には理解に苦しんだ。打つわけないじゃないか、と。案の定、不振で夏場は2軍落ちした。

 ところが、ご承知の通り、9月以降のエルドレッドは3割以上の打率を残す大活躍。3位になる原動力となった。これだけでも、十分驚きである。

 そして今季。三冠王も夢ではないという快進撃である。開幕して間もないころは、インコースを速球で攻められて、三振かどんづまり、というシーンも何度かあった。しかし、今や、インコースのきびしい速球もうまく回転して打ち返す。逆に外角低めをスライダーで攻められても、去年までは明らかに空振りしていたのに、今年はついていってヒットにする。

 象徴的なシーンをあげる。
 5月8日の東京ヤクルト戦。1回表、1死一、二塁。投手は右の徳山武陽。カウント1-1から真ん中に入るスライダーを引っ張らずに右中間へタイムリー二塁打。

 たまたま、このシーン、テレビ中継が横からのスロービデオを放映してくれた。すると左足をステップしてから、1回ぐいっと前に出そうになる体を我慢して、すなわち一瞬ためて、それからスイングに入ったのが鮮明に見てとれた。だから、去年までならレフトスタンド目がけて空振りしていたに違いないスライダーをヒットにできたのだ。

 でも、あのボールは甘かった、というご意見もあるかもしれない。

 それなら5月10日の中日戦。投手は2メートルを超す長身右腕のダニエル・カブレラ。3-3の同点、3回裏2死三塁。カウント1-2と追い込まれてから、アウトローのタテに鋭く落ちるスライダーを拾って、レフト前勝ち越しタイムリー。このスライダーは、低めのボール気味である。

 やはり、ステップして、ぐいっと1回前に出る体をためる瞬間があるから、なんとかバットの芯のあたりに当てられるのだ。

 この2回だけではない。外角のスライダーをうまくとらえるシーンを、もう今季に入って何度も見た。つまり、まぐれではなく、実力がついたということだ。

 この感覚は、おそらく体で覚えたのだろうから、忘れることはないはずだ。故障がない限り、そして夏場にバテない限り、今季の彼は打てるだろう(5月13、14日の阪神2連戦は、ご承知のように、2試合で9打数0安打。7三振、1併殺打と大不振だった。力んで長打を狙わずに、ここで紹介した2打席のようにボールをとらえる感覚を持続してくれればいいのだが)。

 それにしても、どうやって、この技術を身につけたのか。もちろんコーチの助言も、本人の努力もあったに違いないが、同じ条件で、誰もがここまで化けられるものではない。

 カープが9月に優勝争いをしている頃(と信じる)、もしかしたら「神様、仏様、エルド様」という言葉が流行っているかもしれない。ともあれ、今は「エルドレッドの奇跡」と呼んでおきたい。

(このコーナーは今月のみ、二宮清純が第2、4週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第3週木曜を担当します)
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