「えっ! ホントに引退?」
 佐々木健介選手の突然の引退発表に多くのファンが驚いたに違いない。

 僕もネットのニュースでこの事実を知った時は、本当に信じられなかった。昨年、首の怪我から復帰し、その後は絶好調に見えていただけに辞めてしまうなど考えもしなかった。あのパンパンに張った肉体を見れば、誰もがまだまだ続けられると思ったことだろう。

 それにしても28年もの間、第一線でやってきたのは本当にスゴイことだと思う。しかも身長を考えると、決して体に恵まれていた方ではない。

 15歳の僕は、当時若手だった彼を見て、“レスラーになれる”と思った。そのくらいのタッパしかないのだ。

 僕が15歳で初めてプロレス生観戦をしたのは香川県の高松市民体育館。全日本プロレスの興行を観に行ったのだが、練習生でさえ体が思っていた以上に大きく、自信を失った。

「やっぱりレスラーは、化け物みたいにデカくないと無理なんか……」
 選手はともかく、デビュー前の練習生がここまで大きいとは思わなかった。

 その数カ月後、今度は新日本プロレスの興行が同じく香川県で開催されると知り、僕は落胆した心を引きずりながらも、実家のある愛媛県の新居浜市から会場へと向った。

「思っていたより全然大きくない!」
 新日本は、全日本に比べて明らかに体の大きさが違っていた。

 そんな中、会場内を忙しそうに行ったり来たりしている若手に目が留まった。
「あの若手は確か……」
 ジャパンプロレスの黒いジャージ姿の彼こそは、デビュー2年目の健介選手だった。

「肩幅も狭いし、身長でもオレの方が勝っているかも」
 僕は彼を見て大きな自信を得たのであった。この出来事があったからこそ、僕はプロレスの世界へ躊躇することなく踏み出すことができたのだ。ある意味、僕の恩人である。

 それから8年後、東京ドームの大舞台で、彼と激突することになろうとは、この時知る由もなかった。
「何度も言われていると思いますが、対抗戦での健介戦、スゴかったですよ」
 今もなお、プロレスファンには、このように声をかけられることが多い。

 1995年に東京ドームで行なわれた新日本とUインターの対抗戦での一戦が、僕にとって代名詞的なものとなったのだから健介選手とは縁があったとしか思えない。

 しかし、ファンに評価されているこの試合、僕自身は決して納得のいくものではなかった。彼の圧倒的なパワーや尋常ではない打たれ強さに何度も心が折れそうになったからだ。

 Uインター時代、体の大きな外人選手との対戦経験はあったものの健介選手のようなタイプは初めてだった。パワーもこれまで対戦した日本人の中で一番だった。

 この選手を見て、中学の頃の自分がプロの世界へ入る決意をしたなんて思うと笑いがこみ上げてくる。あの対抗戦の時、長州力選手が、「彼ら(Uインター勢)とは基礎体力が違う」と発言したが、まさにその通りの圧倒的な体力差を感じた。

 その後、神宮球場で行なわれたリマッチでは、僕の方が完全に逃げ腰の最低な試合をやってしまった。バラエティ番組などで、彼を見かけると、この試合のことをフト思い出し、今でも自己嫌悪に陥る。なぜバチバチの熱い試合が出来なかったのか、後悔の念が頭をもたげてくるのだ。

 あれから19年も経っているのに、その呪縛から解き放たれることはない。孫悟空が、どんなに逃げてもお釈迦様の手の中にいるような感覚のようでもある。これは運命なのだろうか?

 そう言えば3カ月前には、こんな出来事があった。うちの娘が、健介選手の奥様である北斗晶さんの番組に出演したのだ。娘は、つんく♂さんプロデュースのアイドルグループ『バクステ外神田一丁目』に所属しており、その番組で新曲の告知をさせてもらったのである。

 その日の北斗さんのブログでは、このようなコメントが載せられてあった。
「パパ(健介選手)と戦って来た選手の娘さんだと思うと、なんだか嬉しくてね~。家に帰って、この話をパパにしたら本当に嬉しそうでした。プロレスから離れても、垣原さんが元気で居てくれて家族で幸せに暮らしてくれてる事がなによりの嬉しいお知らせです」

 涙が出るような言葉に僕はジ~ンときた。ブログの最後には、このような言葉で締めくくられていた。
「いつかは必ず引退するんだから、それまでは頑張って走り続けて、うちも子供達が大きくなったら第二の人生を楽しく生きられる様に今を頑張ろう」

 まさかその引退がこんなに早く訪れるとは、本人たちも考えていなかったに違いない。いや、もしかしたら、この時、すでに引退の二文字を意識しての北斗さんの発言だったのだろうか?

 それにしても、このスパッと竹を割ったような突然の引退劇は、実直な生き方をしてきた健介選手らしいものだと思う。今後の進路が気になるが、そのバツグンの知名度があれば、きっと思い描いている道を歩いていけるだろう。

 引退して、もうすぐ8年になる僕は、まだまだ険しい道の途中にいるが、きっとまたどこかで彼と再び交わる予感がする。その時こそは、正面から堂々と勝負できるよう力をつけておきたい。

 健介さん、ひとまずお疲れ様でした。

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)
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