「吉田秀彦引退興行〜ASTRA〜」が25日、日本武道館で開催され、吉田秀彦(吉田道場)の引退試合が行われた。弟子の中村和裕(吉田道場)との対戦に、吉田は自らの原点である柔道着で臨み、打ち合いを展開する。しかし、2R終盤からテークダウンを重ねた中村が攻勢をみせ、吉田は3R15分間を闘いぬいたものの、0−3の判定で敗れた。その後の引退セレモニーで吉田は「この8年間、総合格闘技をやってきて悔いはありません。腹いっぱい総合格闘技をやりました」と語り、現役生活に幕を降ろした。
 試合終了のゴングが鳴った瞬間、リング上に横たわったまましばらく動けなかった。
「あまり勝敗にはこだわらず、出し切って終わりたかった。それで勝てればいいなと思ってましたけど、途中でキツかった。今の僕ではあそこまでやるのが精一杯」
 最後の花道は白星で飾れなかった。残念ながら過去最重量となった113キロの体に往年のキレはなく、ラウンドを経るごとにスタミナ切れは明らか。それでも40歳の柔道家は試合中、何度も笑顔をみせ、勝負を楽しんでいた。

 本来は昨年の大みそか、石井慧との柔道金メダル対決で引退する予定だった。ところが直前に闘いの舞台だった戦極(SRC)がDynamite!!との合同開催に。魔裟斗の引退試合と重なったため、あらためて引退興行を開催することとなった。場所は柔道で最後の試合(2002年4月、全日本柔道選手権)を行った日本武道館。また4月25日は敬愛する先輩である古賀稔彦が10年前に現役引退を表明した日でもあった。不思議な巡り合わせの中、顔を合わせる相手は一番弟子の中村。長年、吉田のセコンドや練習相手を務め、互いに技を磨きあってきた仲だ。9歳下の後輩は「感謝と尊敬の念を持って倒しに行く」と意気込んでいた。

 しかし、両者の思いが空回りしたのか立ち上がりは動きが固かった。互いに得意な寝技勝負は避け、打撃戦を演じるも膠着状態が続く。
「気持ちは僕も行かなきゃと思っていたが、カズ(中村)も遠慮しているのを感じた」(吉田)
「倒しに行こうと思って、(狙いが)顔面、顔面になった。もうちょっと下(ボディ)に行こうと思っていたが、力んでしまった」(中村)

 2R、なかなか見せ場をつくれない展開に吉田が仕掛ける。「来い!」とばかりに右手で自らの頬を叩いた。それを見た中村も先輩の気持ちに応えるように頬を叩く。「自分自身で最後に行けない部分を吉田さんが引き出してくれた」。打ち合いからラウンド終盤にはグラウンドに倒し、後ろから乗ってパンチを浴びせた。

 そして最終3R、吉田は着用していた柔道着を脱いだ。「もう暑くてやっていられなかった(笑)。まぁ最後なんで両方でやってもいいかなと。カズが倒しに来なかったので、これで思い切って打ち合いでもいいかなと思いました」。現役生活の集大成となる5分間。愛弟子と向き合うとノーガードで拳を突き合わせた。

「パンチは痛かった。体中アザだらけですよ」
 後輩の成長を肌で受け止めた。大内刈りで倒されると上に乗られ、防戦一方。それでも腕を極めにいこうとした中村の攻撃を1度ははねのけた。だが、再び投げられ、マットに叩きつけられる。腕ひしぎ十字固めに持ち込もうとする中村、必死にこらえる吉田。残り1分間のせめぎあいには、「吉田秀彦という大きな存在」を最後まで守り通そうとする者と、それを超えようとする者の意地が真正面からぶつかりあっていた。

「これで本当に終わりだなと。試合が終わって寂しい気持ちはありますけど、気持ちの中で悔いはありません」
 すべての闘いが終わり、吉田はそう口を開いた。泣くつもりはなかったが、セレモニーで両親から花束を受け取ると思わず涙がこぼれた。引退のテンカウントが鳴り響き、花道を引き上げると、待っていたのは吉田道場の子供たち。そこで闘いの胴着から真っ白な柔道着に袖を通した。
「今日のことをかみしめて、また柔道に精進してきます」
 この3月には全日本柔道連盟の規定が改定され、プロ格闘家も契約終了後1年で指導者として登録が可能になった。今後は自らが立ち上げた道場で第2、第3の吉田秀彦の育成に力を尽くす。

「気をつけ、礼!」
 セレモニーは柔道式で子供たちとともに深々と礼をし、締めくくられた。1万2000人のファンに見守られ、会場を後にする。その顔は早くも勝負師から師範に変わっているようだった。

 試合結果は以下の通り。

<オープニングファイト第1試合> ※バンタム級
〇村田卓実(和術慧舟會A‐3)
2R判定 3−0
×小森亮介(吉田道場)

<オープニングファイト第2試合> ※ミドル級
〇坂下裕介(TEAM CLOUD)
1R2分4秒 TKO(レフェリーストップ)
×長井憲司(U‐FILE CAMP 赤羽)

<オープニングファイト第3試合> ※ヘビー級
〇バル・ハーン(モンゴル/チーム新日本)
2R判定 3−0
×誠悟(フリー)

<第1試合> ※フェザー級
〇毛利昭彦(毛利道場)
1R1分4秒 TKO(レフェリーストップ)
×長倉立尚(吉田道場)

<第2試合> ※ウェルター級
〇白井祐矢(TEAM M.A.D)
1R3分59秒 腕ひしぎ十字固め
×チェ・ミルス(英国/M1グローバル/チーム・トロージャン)

<第3試合> ※ライト級
〇中村大介(U‐FILE CAMP.com)
3R判定 3−0
×天突頑丈(PUREBRED)

<第4試合> ※ライト級
〇ホルヘ・マスヴィダル(米国/アメリカン・トップチーム)
3R判定 2−1
×小谷直之(ロデオスタイル/チームZST)

<第5試合> ※ウェルター級
〇チャ・ジョンファン(韓国/CMA KOREA/冠岳BJJ)
2R1分26秒 TKO(レフェリーストップ)
×長南亮(TEAM M.A.D)

<第6試合> ※ライトヘビー級
〇エンセン井上(米国/PUREBRED)
1R2分10秒 腕ひしぎ十字固め
×アンズ・“ノトリアス”・ナンセン(ニュージーランド/ETK)

<第7試合> ※フェザー級
〇小見川道大(吉田道場)
3R判定 3−0
×ミカ・ミラー(米国/アメリカン・トップチーム)

<第8試合> ※無差別級
〇中村和裕(吉田道場)
3R判定 3−0
×吉田秀彦(吉田道場)

(石田洋之)