今年のカープはよく走る。リーグでダントツのチーム盗塁数をみれば明らかだが、おそらくは、そのもっとも鮮やかだったシーンのひとつを思い出してみたい。

 4月7日の阪神戦である。先発の岩田稔を早々にKOし、4回からなんとルーキー・藤浪晋太郎が中継ぎ登板してきた。

 藤浪は球威、コントロールともに抜群で、4回はあっさり三者凡退。5回の先頭・菊池涼介も三振して、これは打てないのかな、という予感が漂う。

 ここからである。丸佳浩が四球で歩き、打席には3番フレッド・ルイス。この場面、牽制球も含めて全球ふりかえる。

(1)牽制
(2)牽制
(3)牽制……
 おいおい打者には投げないのか?

(4)ボール
(5)空振り
(6)牽制
(7)丸スタート。ルイス、インローのストレートを右中間へタイムリー二塁打!

 丸のリードは大きいし、走るぞという姿勢で相手にプレッシャーを与えている。だから、藤浪はいきなり3球も牽制を続けることになって、むしろ自分を追い込んでしまったのだろう。

 このシーンで注目しておきたいことがある。牽制で帰塁するごとに、石井琢朗一塁ベースコーチが、丸に歩み寄って何事か話しているのだ。丸もユニホームの土を払いながら、それに耳を傾けて確認している。

 今季の攻撃のひとつのポイントがここにあると思う。カープにはもともと俊足の選手は多かったけれども、今年ほどあからさまには走らなかった。野村謙二郎監督は、もちろん“足”を使う攻撃を強調し、就任1年目には梵英心に盗塁王を獲らせたが、今年ほど組織的な“足攻”ではなかった。つまり、足が速いことと、チームとして盗塁する力があることとは、また別なのである。

 想像だが、これは一塁の石井コーチの存在が効いているのではあるまいか。そうやって見てみると、石井コーチの挙措は、なかなかカッコいい。きっと、彼は盗塁を成功させられる、ひいてはチームを勝たせられる一塁コーチなのである。

 もうひとり、新井宏昌打撃コーチの力も徐々に発揮されてきている。丸、菊池をはじめとして、予想通り、今年はある程度、打てるメドが立ってきた。

 不安材料は、野村祐輔と今村猛。野村は去年の疲労、今村はWBCの疲労が、やはり残っているのではないだろうか。先日、登録抹消された野村は右肩関節唇の損傷と診断されたようだ。いずれにしても、この2人の起用は、つねに何らかの休みも意識しながらにする必要がありそうだ。

 それでも、先発3本柱(前田健太、ブライアン・バリントン、大竹寛)がしっかりしていて、打って走れるのだ。シーズンをトータルで考える戦略さえあれば、今年は必ず上位にいけるはずである。これは、祈りとか、はかない願望のたぐいではなく、ある種の事実だと思うのだが。

(このコーナーは二宮清純と交代で毎週木曜に更新します)
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