周知のように、WBC日本代表の強化試合・広島戦(2月17日)での前田健太は、明らかに変調をきたしていた。形だけフォームをつくって、最後にヒョイと腕だけでボールを投げているような印象。肩痛を発症した投手の投げ方にしか見えなかった。

 それから考えれば、本番に入っての中国戦(3月3日)、オランダ戦(10日)と、先発して、それぞれ5回無失点で抑えこんだ投球は、見事と言える。多くの評者が褒めておられたように、まさにプロフェッショナルの調整であった。

 敗退はしたけれども、準決勝・プエルトリコ戦の5回1失点も、先発として十分、合格点というべき結果である。1失点の原因となった立ち上がりの2四球は、たしかに悔いがのこるけれども。
 
 前田健太はメジャーリーグで通用するだろうか――。ここ数年、ひそかにそんなことを考えてきた。これが黒田博樹(ヤンキース)やダルビッシュ有(レンジャーズ)ならば、即座に「当然、通用するに決まっている」と断言できる。

 ただ、前田は黒田やダルビッシュにくらべれば体の線が細いし、ボールの力強さ(昔の表現では「重さ」とでも言えるでしょうか)も、やや少ないように見える。

 生命線となるのは、おそらくスライダーである。コーナーに決まったスライダーを拾われてヒットにされるようでは、やはり厳しいだろう。

 オランダやプエルトリコには、それを見定めるには格好の打者が何人もいた。たとえばアンドリュー・ジョーンズ(オランダ、今季から東北楽天)であり、カルロス・ベルトラン、ヤディエル・モリーナ(ともにプエルトリコ、カージナルス)らである。

 結論から言うと、スライダーが思い通りに切れたとき、彼らは結局、その変化についていききれなかった。ストレートも、コーナーに決まれば、そうは打たれなかった。

 一方で、プエルトリコ戦のマイク・アービレイス(インディアンス)やアンヘル・パガン(ジャイアンツ)の打席のように、ちょっとでも甘くなると軽々とヒットされることもはっきりした。

 さて、ここからである。

 前田健太は有言実行の人である。「エースと呼ばれる投手になりたい」と公言して、エースの座に登りつめてきた。「自分にとって大きな経験になる」とWBC参加を熱望し、なんとか調整して、事実上、日本代表のエースを務めた。現在の日本人選手の趨勢として、当然、次には「メジャー」というものが視野に入ってくるだろう。

 ただ、メジャーで先発投手として成功するためには、黒田並みにとまでは言わないまでも、もう一段、ボール全体に力感、あるいはボリュームが必要なのではあるまいか。今のままでは、中途半端にアメリカの野球ビジネスに消費されてしまうような気がする。

 それよりなにより、好漢・前田のためにあえて言えば、「真のエース」とは、チームを優勝に導く存在である。「有言実行の男」なら、少なくとも1度は、前田が中心となって、カープ優勝を実現してほしい。野村祐輔や大竹寛が元気な今なら、決して不可能なことではない。

 とはいえ、もちろん少なくとも今季前半は、決して無理をさせてはいけない。肩の調子を見ながら、休養も意識しつつ、慎重に起用するべきである。それは、「日本のエース」に対する首脳陣の義務でもあるはずだ。

(このコーナーは二宮清純と交代で毎週木曜に更新します)
◎バックナンバーはこちらから