競技者表彰として大野豊、エキスパート表彰として外木場義郎。ふたりのカープOBが野球殿堂入りを果たした。

 大野の場合、ドラフト外入団からの殿堂入りだけに価値がある。21歳でプロ入りするまでは地元の金融機関に勤めていた。

 銀行に入って、まず覚えたのは“札勘”。お客の前で、バッとお札を広げ、瞬時に勘定する手際の良さが銀行員には求められる。

 大野によれば、お札の数え方は2つあって、札束を指の間に入れて広げ、親指で滑らせながら薬指でどんどんはじいて数えるのがタテ読み、札束を扇形に広げて数えるのがヨコ読みなのだという。

「タテ読みはゆっくりでもすぐにできますが、ヨコ読みで札束を広げることは難しい。それでも研修期間でほとんど全員ができたんですよ。ただ僕だけがうまく広げられなかった(笑)」

 コツは指先に無駄な力を入れないこと。ピッチングと一緒である。
「力を入れれば入れるほど、リストが使えなくなって力が伝わらない。大切なのは手首、リストの使い方なんです。この感覚をつかむのに一カ月ぐらいかかりましたね。」

 大野の後輩にあたる川口和久(現巨人投手コーチ)は「大野さんは“札勘”のおかげで指の関節がやわらかくなり、変化球のキレが生まれた」と語っていた。だとすれば、回り道こそは大投手への修業期間だったということになる。無駄な経験なんてないのである。

(このコーナーは書籍編集者・上田哲之さんと交代で毎週木曜に更新します)
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