29日、世界陸上競技選手権8日目が中国・北京で行われ、男子50キロ競歩は谷井孝行(自衛隊体育学校)が3時間42分55秒で3位に入り、銅メダルを獲得した。競歩種目で世界選手権のメダルは日本人初。谷井は日本陸上競技連盟が定めた入賞以内で日本人トップという条件を満たし、リオデジャネイロ五輪代表に内定した。優勝は今シーズン世界ランキング1位のマティ・トス(スロバキア)。トスは序盤からひとり抜け出すと、独歩状態に入った。後続を突き放し、3時間40分32秒で逃げ切った。その他の日本勢は荒井広宙(自衛隊体育学校)が4位、山崎勇喜(自衛隊体育学校)が34位だった。男子400メートル決勝はジャマイカが4連覇を達成。アンカーを務めたウサイン・ボルトは2大会連続の3冠を成し遂げた。男子十種競技は前回王者のアシュトン・イートン(米国)が自らが持つ世界記録を更新する9045点で連覇した。
 沈みかけていた日の丸の威信を守り抜いてみせた。大会7日目を終え、メダルはおろか入賞者すらゼロだった日本選手団。窮地を救ったのは、世界ランキング上位に顔を揃える期待の男子競歩陣だった。

 男子50キロ競歩の優勝争いはレース前から混沌としていた。競歩大国ロシアがドーピング禍の影響で出場を取り止め、世界記録保持者のヨハン・ディニズ(フランス)も故障により欠場した。いわば本命不在の様相を呈していたのだ。

 それでも3月に世界歴代3位の3時間34分38秒をマークしたトス、前回大会王者のロバート・ヒファーナン(アイルランド)、北京&ロンドン五輪銀メダリストのジャレッド・タレント(オーストラリア)ら実力者は揃っている。そこに対抗したい日本人トリオ。今シーズンの世界ランキングは荒井が2位、谷井が3位、山崎が5位と好調。表彰台を視野に入れた戦いを十分に期待させた。

 レースはまず北京国家体育場のトラックを約3周し、集団を成してロードへと53名が飛び出した。出だしからレースを引っ張ったのは、トス。徐々に後続を引き離し、ひとり旅をつづけた。トスを追いかける第2集団はヒファーナン、タレントと日本勢が形成した。

 5キロを過ぎたあたりで日本記録保持者の山崎が上位集団から遅れ始めた。10キロ地点では第2集団は約10人に絞られ、谷井が6位、荒井が7位につけた。15キロ、20キロと通過しても、トスの独歩は続く。

 先を行くトスは順調なペースを刻み、歩みを進める。30キロを過ぎて、その差は1分以上も開いた。一方の第2集団は1人、また1人と脱落していき、表彰台を巡る争いも絞られてきた。日本勢の谷井と荒井も負けじとついていった。

 30キロを過ぎたところで、トスがトイレに駆け込むハプニングもあったが、すぐにコースへと戻り、先頭を譲らない。35キロ地点で第2集団との差はやや詰まったが、トスは影を踏まさぬ歩きで最後までぶっち切った。

 第2集団をリードしていたタレントは時折、集団から抜け出しトスを追ったが、前を捉えられず、何度も集団に吸収された。タレントは五輪2個の銀に加え、世界選手権でも2個の銅を獲得している経験豊富なウォーカーだ。40キロ過ぎに飛び出すと、後続を引き離しにかかった。前回の金メダリスト・ヒファーナンは意地を見せ、タレントに食らいつく。しかし、常に上位集団にいた谷井は徐々に離され始める。一旦は第2集団から遅れた荒井も5位に浮上し、前を追いかける。

 42キロ過ぎ、2位タレントと3位ヒファーナンの差が広がった。5位の荒井は4位の谷井に追いつき、2人でヒファーナンを追いかける。「途中、きつい場面があった。荒井選手がに追いついて、一緒にレースを進めてくれたおかげで落ち着いた」と谷井。2人でペースを取り戻していった。谷井と荒井は併走しながら、ヒファーナンを残り5キロに近づいたところでとらえた。3位争いは谷井と荒井へ。五輪、世界選手権を通じて日本勢初となるメダルは目前となった。

 46キロ手前で仕掛けたのは谷井だ。今シーズンの持ちタイムでは荒井に劣る。だが6大会連続出場の世界選手権、3度の荒井よりも経験で勝り、昨年のアジア競技大会(韓国・仁川)で金メダルを獲得した国際大会での実績もある。ペースを上げ、荒井を引き離した。

 タレントを捕まえることはできなかったが、3番目に北京国家体育場のトラックに帰ってくるとガッツポーズを作った。「メダルを狙うレースをしたいと言っていたので、それができ、達成することができてうれしい」。フィニッシュの瞬間も再び拳を天に突き挙げた。3時間42分55秒で3位。銅メダルを獲得し、今大会日本選手団表彰台となった。荒井も谷井から49秒遅れてゴール。自己最高の4位入賞を果たした。

 競歩界初の快挙を成し遂げた谷井は、リオ五輪行きの切符も手中に収めた。「本当の戦いは来年もある。今回メダルを獲れたからといって気を緩めるのではなく、更なるレベルアップを目指して頑張りたいと思います」と、もう次を見据えている。日の丸を背負う誇りと責任を覗かせた。

 主な結果は以下の通り。

<男子400メートルリレー決勝>
1位 ジャマイカ 37秒36
2位 中国 38秒01
3位 カナダ 38秒15
※日本(大瀬戸、藤光、長田、谷口)は予選落ち

<男子競歩50キロ>
1位 マテイ・トス(スロバキア) 3時間40分32秒
2位 ジャレッド・タレント(オーストラリア) 3時間42分17秒
3位 谷井孝行(自衛隊体育学校) 3時間42分55秒
4位 荒井広宙(自衛隊体育学校) 3時間43分44秒
34位 山崎勇喜(自衛隊体育学校) 4時間3分54秒

<男子十種競技>
1位 アシュトン・イートン(米国) 9045点 ※世界新
2位 ダミアン・ワーナー(カナダ) 8695点
3位 リコ・フレイムス(ドイツ) 8561点
16位 中村明彦(スズキ浜松AC) 7745点
20位 右代啓祐(スズキ浜松AC) 7532点

(文/杉浦泰介)