6日、国際スラックライン連盟(WSFed)公認大会の「GIBBON 日本オープンスラックライン選手権2015」が東京・二子玉川ライズで行われた。オープンクラスは女子の部で福田恭巳が5連覇を達成。男子の部は中学2年の田中輝登が初優勝を果たした。シニアクラスでは田中の父である健雄が制し、ジュニアクラスは小学2年の林映心が初優勝した。
(写真:福田の代名詞であるライン上で縦に開脚する「スプレッド」)

 

 国内最高峰のトリックライン(技を競い合う種目)の大会である日本オープンは、WSFedより年間ワールドチャンピオン決める大会のひとつとして認められている。オープンクラスの男子には、2012年のワールドカップ王者であるイタリア出身のルーカス・フーバーが招待された。大会は1対1の試合形式で勝ち上がりのトーナメント制。3人の審判がDifficulty(難易度)、Technique(技術点)、Diversity/Creativity(多様性・創造性)、Amplitude(高さ・幅)、Performance(演技・表現)の5項目を採点し、多数決により勝者をジャッジする。

 女王の座を守った第一人者の責任

 今年も女王の座を誰にも譲らなかった。第1回大会から出場するスラックラインの顔・福田が、決勝でギアを一段階上げたようなトリックを見せ、前人未踏のV5を成し遂げた。

 世界ランキング上位4人を日本勢が占める女子。女子の部は順当に1位の須藤美青、2位の福田、3位の岡田亜祐美、4位の中村朱里がベスト4に残った。第1回の準優勝から全大会で決勝に進出している福田は、中村との準決勝に勝利。もう一方の準決勝は須藤が岡田を下し、決勝へとコマを進めた。

 迎えた決勝は福田vs.須藤。世界ランキング1位と2位の対決で、3年連続同カードとなった。福田が体線の美しさ、技のクオリティーで勝負するならば、須藤はダイナミックでアクロバティックなパフォーマンスで魅せる。特に福田は1本目のパフォーマンスから出色の出来栄えだった。

 バットバウンス(尻で跳ねる技)でラインに乗り、チェストバウンス(胸で跳ねる技)とつなぎ、180°(半回転)、360°(1回転)と横回転系の技を繰り出す。バットバウンスでバランスを整えながら、最後はフロントフリップ(前方宙返り)の着地をスタンドで決めた。ライン上で右拳を振り下ろすガッツポーズ。持ち時間残り7秒となると、自らの代名詞とも言えるスプレッド(ライン上で縦に開脚)しながら右手を仰いで、観客を煽った。フィニッシュこそ決まらなかったが、場内を大いに沸かせた。須藤も高いエアーからバックフリップ(後方を宙返り)を決めるなど、負けじと見せたが凄みすら感じさせた女王の前に屈した。

 実は福田、過去5大会とは違った心境で、この日を迎えていた。今シーズンは思うようなトレーニングが積めず、大会へのテンションが上がらぬままだった。「自分のレベルが至っていないと実感していたので、メンタル的にも技術的にもギリギリの状態だった」という。本選1回戦、準決勝と勝ちはしたものの、どこかキレがないように映った。

 それでも決勝直前にギアが上がったのはなぜか。福田は胸の内を明かす。
「1回戦、準決勝までは集中できていなかったので、やりたくない気持ちが強かった。決勝の前にいろいろな人が会いに来てくださって、応援してくれたんです。ここ2、3カ月でいろいろな人との繋がりが増えて、私を応援してくれたり、『先生』と慕ってくれたりする人が増えました。まわりの環境の変化があり、その人たちに『決勝頑張ってください』と声をかけてくれたことでスイッチが入りました」
 これまでは自分で自分の気持ちを整理し、スイッチを入れてきた福田。今年は周囲に背中を押され、気持ちが入った。“負けてもいいから、せめていいパフォーマンスを見せたい”と、土壇場での割り切りにも似た感情が勝因になったのだろう。
(写真:須藤<右>との決勝戦では高い集中を維持していた福田)

 5月の「GIBBON CUP」第1戦では出さなかった「スプレッド」は、今大会何度も披露した。7月に出場したドイツの大会で自らを見つめ直す機会を得た。日本では“勝たなきゃいけない”と自らを殻に閉じ込めて試合に臨んでいた。しかし、周りを見渡すと違った。「海外はパフォーマンス性を重視している選手が多い。技術はもちろんですが、お客さんを盛り上げることプラス技術で魅せるというかたちだった。それを見て、スプレッドは私の武器だし、自分が持っている技を引き立たせることは必要だなと感じたんです。ただ技を決めるだけでも勝てるかもしれないけど、インターナショナルプロアスリートという名前がある者として、それだけじゃダメだなと」
 福田にとってのスプレッドは、フィギュアスケーター荒川静香のイナバウアーのようなもの。彼女にしか出せない技でなくとも、彼女にしか出せない味がある。見てるものにそう感じさせる華がある。

 苦悩しながらも5度目の頂点に立った福田。女王として、第一人者としての責任感が決勝で圧巻のパフォーマンスを引き出した。

 憧れを越え、初の日本一遂げた新星

 一方の男子は中学2年の田中と高校1年の木下晴稀というフレッシュな対決となった。今年の「GIBBON CUP」では1勝1敗の両者。第1戦の準決勝で田中が先勝すると、第2戦は決勝で木下が2学年上の意地で雪辱を果たした。今シーズンの国内大会は、ともに1大会優勝しているが日本オープンの優勝はまだない。どちらが勝っても初の日本一という栄冠を手にする。
(写真:高く滞空時間の長いエアーで技を披露する田中)

 今シーズンの日本ランキング1位の田中は大杉徹、同3位の木下はフーバーとワールドカップ優勝経験のあるトップライナーを撃破し、決勝へと勝ち上がってきた。先に演技したのは田中。ゆっくりとラインに近付くと、「最近ハマっている」というバックバウンス(背中で跳ねる技)でリズムを取り、バックフリップで最初のパフォーマンスを終えた。一方の木下は、対照的に助走をとってラインに飛び乗った。チェストバウンスを軸にして最後はフロントフリップを決めた。

 両者がハイタッチを交わして、演技者が代わる。その回数を重ねるごとに熱を帯びていく。滞空時間の長いエアーから繰り出されるコンボ技の数々。“やられたらやり返す”といった具合にハイレベルな技の応酬となった。笑顔で戦う両者。二子玉川ライズが2人にとっての壮大な遊び場のような映った。

 初優勝を勝ち取ったのは、田中だった。「自分は目立ちたがり屋なので、人がいっぱい見てくれるとうれしいです」。そう語る田中は、自らのトリックで観客の視線を惹き付けた。得点は公表されないため、推測だが勝敗は僅差だったはずだ。2人の勝敗を分けた点は、田中の方がパフォーマンス性の高い演技がジャッジに評価されたのではないだろうか。「僕の憧れは“Gappai”(大杉の愛称)さん」と田中。大杉は準決勝で田中に敗れ、オープンクラスでは4位だった。だが特別賞を受賞するなど存在感は抜群。エンターテイナーでもある第一人者の背中は、新王者にも眩しく映る。
(写真:1チーム2人のタンデムでは大杉<右>はフーバーとW杯王者組を結成)

 13歳の若さで日本一のタイトルを掴み取った田中は、日本ランキングでも独走状態に入った。今後はまず10月の「GIBBON CUP」第4戦(長野・小布施)で上位進出を目指す。そして、視線の先は世界をも見据えている。「世界で多少通用できるようになったと思う。去年はドイツとアメリカに行って悔しい思いをした。来年行った時には実力を発揮し、去年よりいい成績を残したいです」。憧れの大杉が制したワールドカップへの出場も熱望する。「出たら優勝したい」。あどけない表情から、力強いコメントを口にした。

 今大会はCSのスポーツチャンネル「GAORA」が中継に入るなど、スラックラインの注目度は日増しに上がっている。日本スラックライン連盟(JSFed)の小倉一男理事長によれば、競技人口も右肩上がりで、日本全国に広まりつつあるという。田中、木下などの若いライナーたちもグングン成長してきており、小倉は「ジュニアの子たちもどんどん出てきている」と頬を緩ませた。普及、育成と今後も弛まぬ努力を続けることで、未来へと続く線はより一層太く長くなるはずだ。

 主な結果は次の通り。

<オープン 男子>
1位 田中輝登
2位 木下晴稀
3位 ルーカス・フーバー
4位 大杉徹
(写真:10代の若い才能がぶつかり合った決勝。軍配は田中<左>に上がった)

<オープン 女子>
1位 福田恭巳
2位 須藤美青
3位 岡田亜佑美
4位 中村朱里

<シニアクラス>
1位 田中健雄
2位 猪鹿野真一
3位 佐々木直子
3位 中村学

<ジュニアクラス>
1位 林映心
2位 田中輝哉
3位 岡田捺瑠美
3位 佐々木燈
(写真:ジュニアクラスの表彰式。子供たちも大人顔負けのトリックを見せていた)

(文・写真/杉浦泰介)