防衛のたびに輝きを増しているボクサーがいる。WBC世界スーパーバンタム級王者、西岡利晃。若い頃から実力は認められながら、世界初挑戦からベルトを奪うまでに8年3カ月もかかった。しかし、ひとたび頂点に立つと快進撃をみせ、4連続KO防衛中。昨年5月には日本人2人目の海外防衛をメキシコで達成する快挙も成し遂げた。この7月で34歳を迎えたものの、衰えはまったく感じさせない。進化を続ける理由はどこにあるのか。10月に控える5度目の防衛戦(対レンドール・ムンロー)に向けてトレーニングを開始した西岡へ、このほど当HP編集長・二宮清純がインタビュー。練習パートナーを務める葛西裕一トレーナーに、その強さの秘密を訊いた。
(写真:同級1位の強敵ムンロー戦へ、練習に余念がない西岡(右)と葛西トレーナー)
二宮: 西岡選手はチャンピオンになる前は、4度、ウィラポン(タイ)に挑戦してベルトを獲れなかった。その後、最後の挑戦から王座奪取までは4年半も待たされています。普通のボクサーなら諦めて第2の人生を歩んでいてもおかしくない。彼のどこが変わったんでしょう?
葛西: やっぱり足ですね。ウィラポンに3度目の挑戦をする前に、左足のアキレス腱を切断していましたからね。その後、治して2度、ウィラポンとやりましたけど筋力が完全には戻っていなかった。練習では問題なくても、試合の修羅場になると、どうしても左右のバランスが崩れてしまう。それでもウィラポンと最後まで戦い抜いたんだから大したものですよ。そして4度目の挑戦に失敗した後、時間があったので、もう一度足腰を作り直しました。世界挑戦のチャンスは巡ってきませんでしたけど、試合ごとに状態はよくなっていきましたね。(王座獲得に成功した)ナパーポン(タイ)戦の前の段階では充分、手応えを感じていました。

二宮: でもアキレス腱は一度、切るとなかなか元の動きには戻らない。それが戻るどころか、さらに磨きがかかったと?
葛西: ええ。普通はケガをして引退だったでしょう。しかもアイツ、ちょっと普通のボクサーとは違って天才的なんですよね。

二宮: 天才と感じる部分を具体的に教えてください。
葛西: 関節位置感覚が優れてるんですよ。それぞれの関節の位置がここ、こことインプットするのが速い。運動神経がいいんでしょうね。私や会長がパッと構えると、それをすぐ真似できる。

二宮: 葛西さんも現役時代は天才と呼ばれていましたよ。
葛西: そんなのを凌駕するくらいです。私は小天才、アイツは大天才(笑)。もちろん大天才は他にもいないわけではないんですよ。今まで私が会った中でも外国人、日本人問わずいます。でも、たいてい大天才は練習しない(苦笑)。その点、彼は努力もします。全体的に優れていますよね。

二宮: 西岡選手は「ベルトが取れなかった原因は、自分の“気持ち”に問題があった」と言っていました。だからナパポーン戦では「1ラウンドから行こう、出しきろう」と決意したと。
葛西: 私はあの時、敢えて打ち合いを挑んでも勝てるようにしなきゃいけないと考えていました。だから、泥臭くボディー攻撃の練習をしたんです。アイツはもともと足が使えるボクサー。でも、やっぱり世界はそれだけでは勝てない。これは私自身の後悔でもあるんです。私も現役時代、3度、世界に挑戦しましたけど泥臭くやれなかった。アイツにはそれを何とか教えたかった。

二宮: それにしてもベルトを獲ってからの安定ぶりには目を見張るものがあります。
葛西: 打ち合って勝ったナパーポン戦で自信がついたんでしょうね。技術的にはそのあたりから右ジャブをうまく使えるようになってきました。西岡は左が強いので、ジャブはどちらかというと必要ない。でも、勝ち続けるにはジャブのテクニックも必要。ジャブにはリズムをとるだけではなく、相手の攻撃を邪魔したり、ディフェンスレーンをつくる効果がありますから。

二宮: ディフェンスレーン?
葛西: ジャブを繰り出していると、パンチを打たなくても、ジャブが出てくるラインを相手が必ず避けて通ってくる。この空間をディフェンスレーンと呼んでいます。相手はレーンの中に簡単には入ってこられないので、それだけでこちらが主導権を握れるんです。だから西岡には出会った時から、そういう部分を体得してもらいたいなと思ってたんですよ。

二宮: ということは最初はなかなか言うことを聞かなかった?
葛西: そうではなくて、まず肩のスタミナがなかったんです。左ばかり使っているから、右で12ラウンド打ち続けるスタミナがない。それがようやく備わってきた。西岡本人は「まだまだです。足りない、足りない」って言っていますけどね。おかげで今は左手と右手のバランスがかなり良くなっているんですよ。だから、最近はサウスポーらしくないサウスポーになっている感じがしませんか? 普通は右フックで仕掛けるのがサウスポーだけど、ジャブから始める王道のボクシング。まさに帝拳スタイルを継承しつつありますよ。

二宮: 勝ち続けるだけではなく、内容も4連続KO防衛。倒すコツを摑んだんでしょうか?
葛西: 倒すコツはもともと持ってるんですよ。でも、それが形として出てきたのは、やはり右を使えているからじゃないですか。たとえば(2度目の防衛戦の相手)ジョニー・ゴンザレス(メキシコ)戦。あのジャバーのゴンザレスが、西岡の右ジャブをもらっていた。オーソドックススタイルのゴンザレスにとってサウスポーのジャブをもらうのは最悪の展開です。ジャブが入るということは、もう完全にタイミングが取れている。次に入るのは左ストレート。KOにリーチがかかったも同然ですから。

二宮: 右があるから、得意の左がさらに生きると?
葛西: そうですね。アイツの左は最高ですね。ウエイトがちゃんと拳に乗り、力が1カ所に集約されてツボにクッと入る。4月の防衛戦(対バルウェグ・バンゴヤン)の前には練習で肋骨をやられましたよ。胴ミットの上からパンチを打たせてあげたんです。ちょっといつもより調子が悪そうだったんで、気持ち良く手応えを与えようと思って、ミットの上から左のボディアッパーをまともに受けてあげた。その瞬間、ヤバイと感じましたね。もう後は「頼むから軽くやってくれ」とお願いしました。病院に直行すると、肋骨の亀裂骨折。普通ミットの上からじゃ折れないですよ。本人は気持ち良かったみたいけですけど(苦笑)。
(写真:現役時代は右が得意だったが、実は左利き。そのため練習では「サウスポーになったつもりで戦える」という)

二宮: 年齢を重ねるとスタミナが心配になりますが、いかがですか?
葛西: ボクサーって経験を積むとスタミナが安定してくるものなんですね。パンチがあれば、相手が懐に入ってくる回数が減ってくる。そうやって自分が試合をコントロールしている時間を長くすることで、自然とスタミナを温存できるんですよ。その意味でもジャブを使うことは重要です。主導権を握ると余計なスタミナを使いませんから。

二宮: 西岡選手はこの先、「ボクシングをどこまで極められるか挑戦したい」と言っていました。
葛西: 極めるためには繰り返しになりますが、右を磨くことですね。とにかくアイツは限界をつくらない。ボクサーはもちろん、他のスポーツ選手にもいないんじゃないかと思うくらいの向上心を持っています。あの年になっても、まだ伸びると信じていますから。アキレス腱を切ったことも関係ない。治療して治ったんだから、あとはオレの問題だと考えている。
 でも、そういうボクサーがいるのはうれしいですよね。かといって自分の殻に閉じこもるのではなく、後輩の面倒もよくみてくれる。「これぞ帝拳」と言える選手になりましたね。アイツがジムにいるだけで後輩たちも「ちゃんとやらなきゃ」という雰囲気になっていますよ。

二宮: 10月の防衛戦で対戦する次のムンロー(英国)の印象は?
葛西: アフリカ系なので体が強そうです。バネを使ってくるタイプじゃないんですけど、コツコツ当ててくる。動体視力もいい。だから、ジャブを相手の手前にどんどん打って、向こうに「よしよし、西岡のパンチはちゃんと避けられている」と錯覚させたい。そこへ左ストレートを入れれば倒れるでしょう。後はボディで動きを止めることですね。

<20日発売の『ビッグコミックオリジナル』(小学館2010年9月5日号)に西岡選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>