ボクシングのダブル世界タイトルマッチが20日、さいたまスーパーアリーナコミュニティアリーナで行われ、WBAスーパーフェザー級では王者の内山高志(ワタナベ)が同級5位の挑戦者ロイ・ムクリス(インドネシア)を5R2分27秒TKOで下し、2度目の防衛に成功した。王座奪取からの3連続KO勝利は日本人初の快挙。一方、WBC世界スーパーフライ級王座決定戦では、同級1位の河野公平(ワタナベ)が同級2位のトマス・ロハス(メキシコ)と対戦したが、0−3の判定で敗れ、世界挑戦2度目でのベルト獲得はならなかった。
(写真:5R、狙いすました右フックがヒットすると挑戦者は立ち上がれなかった)
<内山、KOダイナマイトの本領発揮 挑戦者を病院送り>

 その時、バスッと鈍い音が会場中に響き渡った。5R2分すぎ、そこまで試合を優勢に進めてきたチャンピオンの右フックがチャレンジャーの頬をとらえる。「手応えはありました。倒れないのでアレッ?と思ったらフラフラして目が前を向いてなかった」。一気に連打の雨を降らせると、インドネシアからやってきた長身ボクサーは横倒しになり、もう起き上がれない。失神したムクリスは担架で運ばれ、救急車で病院へ。検査の結果、ほお骨骨折が判明するほど、強烈な一撃だった。

 見る者誰もが興奮するような圧巻のKO劇とは裏腹に、その主役はいたって落ち着いていた。「相手はマネジャーが亡くなって、会見で泣いていたのを横で見ていた。つらい気持ちの中で日本に来て挑戦してきた相手の前では騒げない」。派手なガッツポーズは一切なし。挑戦者を病院送りにしたことについても「イヤですね。最後は挨拶して終わりたかった」と相手を思いやった。

 まさにその冷静さこそが、今回の勝因だった。リーチの長いムクリスに対し、まともに打ち合うことなく、ボディから攻め上げる。5月の初防衛戦、アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)戦と同じ戦術だ。「相手のガードが高いので、右のボディストレートが入るなと思っていた。グラナドスの時よりも胴が長いので、その分、やりやすかった」。左ジャブから右のボディ。そしてボディを打つと見せかけてのフェイントフック。立ち上がりから完全に主導権を握った。

 対して挑戦者はタイトル奪取への意気込みが空回りしたのか動きが固く、思うようにパンチが出ない。だが王者は慌てず、相手の消耗を待った。「こっちも力んで1回固くなると、試合の途中でリラックスすることは難しい。2Rの後くらいで行こうかなと考えたが、無理に行ってガチガチになったらダメ」。ボディ攻撃でムクリスの集中力が切れたところを強いパンチを顔に入れる。すべては内山の計算通りだった。

 しかも、本人はラウンド間のインターバルに会場内に設置されていたモニターに映ったリプレーをチェックしていたというのだから驚きだ。「フェイントをかけると上が見えなくなるので、(自分の)パンチの高さが合っているか確認していました」。完全に格の違いを見せつけ、前回よりも1R早い5Rでの決着。ジムの渡辺均会長が戦前に予想していた通り、早いKOで試合を終わらせた。これでプロでは16戦して13KO。KO率は80%を超えた。“KOダイナマイト”のニックネームも、本人が「慣れてきた」と語るように板についてきた。
(写真:キズひとつない顔で試合を振り返る)

 次戦は暫定王者ホルヘ・ソリス(メキシコ)との王座統一戦を1月に実施することが第一候補として浮上している。「ソリスは有名な選手。勝てば評価が上がる」。5階級制覇のマニー・パッキャオとも対戦したボクサーとの戦いは望むところだろう。それゆえに内山は、さらに高い次元を見据えている。「(相手のパンチが入ってきた時に)若干クセでスエーしちゃう。その時に(ムクリスの)伸びたジャブがちょこんと入ってきた。あれが強い相手でガツンと入ったらやられる」「単発系(の攻撃)が多かった。コンビネーションを入れていく練習が必要」「距離が遠いと力むところがある」……喜びもそこそこに課題が次々と口をついて出てきたのは、その表れだ。

「誰とやったとしても内山のほうがリングに上がったら強く見える。まだまだ防衛できる選手」
 渡辺会長は、そう自信を隠さない。11月には31歳になるものの、攻撃でのハードパンチに加え、ダメージをもらわない守りのうまさも兼ね備えている。内山の時代がやってきたと実感するには充分すぎる夜だった。

<河野、見せ場つくるも完敗……「相手のほうがうまかった」>

 悲願のベルトを腰に巻くチャンスは最後の最後に訪れた。最終12R、ロープ際で距離を詰めた河野に、ロハスがアッパーを放つ。そこへ右のフックを合わせた。「わざと打たせて、思いっきり打った。手応えはバッチリ」。事前に相手をビデオで何度も研究した末に見出したイチかバチかの勝負手。それが見事に当たり、メキシコ人の体は大きくぐらついた。たたみかけるように連打を浴びせ、ダウンを奪う。
(写真:最終12R、“リトル・ブルドーザー”の本領を発揮し、果敢に攻めたが……)

 時間はまだある。一気に倒せば、大逆転勝利だ。だが、倒しきれなかった。「すごいうまかった。今までの日本人なら一気にいってつぶせた」。ロハスに逃げ切られ、試合終了のゴングが無情にも鳴り響いた。

 中盤までは完全にペースを握られた。リーチで勝るロハスは多彩なパンチを繰り出し、河野は前に出ようにも出られない。ポイントでリードを奪って以降は足も使って、付け入るスキを与えなかった。「ちゃんと(パンチが)当たらないポジションに移動している。どうやったら倒せるのかなと思った」。試合中にもかかわらず、同級暫定王者の実績もある相手とのレベル差を感じざるを得なかった。8R終了時で3者のジャッジがいずれも大差をつけ、もうKOしか勝ち目はなかった。

 2年前に名城信男(六島)と対戦したWBA世界スーパーフライ級王座決定戦では判定で惜敗。今度こそと誓った2度目の世界戦も、見せ場をつくりながらの完敗に終わった。今後については「終わったばかりなので、何も言いたくない」と口をつぐんだが、「最初、4回戦(ボーイ)で終わっちゃうのかなという頃からずっと支えてくれた仲間たちには感謝しています」とも語った。
「最後のダウンは気持ち良かった。最後の最後に練習してきたパンチができて良かったです」
 いつもなら重苦しいはずの敗者の控室が、なぜかすっきりとした雰囲気だったのが印象に残った。

(石田洋之)