ボクシングのWBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチが2日、後楽園ホールで行われ、挑戦者で同級14位の李冽理(横浜光)が王者のプーンサワット・クラティンデーンジム(タイ)を3−0の判定で下し、世界初挑戦で王座奪取に成功した。李が所属する横浜光ジムは創設15年目にして畑山隆則(WBAスーパーフェザー級、ライト級)、新井田豊(WBAミニマム級)に次ぐ3人目のチャンピオン輩出。日本のジムに所属する男子の世界王者は5人に増えた。試合は李が足を使って強打の王者が繰り出すパンチをかわし、カウンターで逆襲。きわどい勝負をモノにした。
(写真:目標とする元世界王者・徳山氏から祝福を受け、感極まる李)
 新チャンピオンと自分の名前が呼ばれた瞬間、涙が止まらなくなった。
「頭が真っ白で何を考えていいのか分からないです。(チャンピオンベルトは)ちょっと重すぎます」
 だが、その戦いぶりは初の世界挑戦と思えないほど落ちついていた。「右を体ごと打ってくる。まともに当たったら大変」というプーンサワットから距離をとり、詰めてきたところをカウンターで返す。2Rには返しの左フックがヒット。おそろいのTシャツで後楽園ホールを真っ赤に染めた大応援団がパンチを当てるたびに大きく沸いた。

 思わぬ展開にペースを乱したのは百戦錬磨のチャンピオンだった。「世界戦はお互いが手を出し合うものだが、勝手が違った。逃げる一方でやりにくかった」。挑戦者を捕まえようと強引に出てきたことで、逆にリーチで勝る李の距離に入ってしまった。「焦って攻めてきた時にカウンターが効果的になった」と振り返ったチャレンジャーの右ストレートを浴び、5Rには左目の上をカット。格下相手に対して苦戦を強いられ、慌てた王者の攻撃は一発狙いの単調なものになっていく。

 終盤はなりふり構わずプレッシャーをかけてくるプーンサワットにロープを背負うシーンも目立ったが、打ち合いでも負けなかった。「接近戦を練習してきた。右アッパー、右ストレートに手ごたえはあった」。コーナーに詰まってもしっかり反撃し、懐には入れない。そして足を使って巧みにピンチを脱し、王者にクリーンヒットを許さなかった。「動きすぎて両足の裏の皮がズル剥けになった。試合中に痛いと思ったのは初めて」。手を出しながら左へ左へと廻り、近づいてきたら右を合わせる。試合前に立てた作戦を12R36分間、貫き通した。判定はチャンピオンの出身地であるタイのジャッジも115−113と李に軍配を上げた。8ポイント差をつけた者もいた。

「予想を覆す」との前日会見の発言通りのアップセット。昨年7月の榎洋之(角海老宝石)戦、圧倒的不利との下馬評を覆して世界への足がかりをつかんだ男が、またも大番狂わせで世界ベルトを腰に巻いた。決して見栄えのいいファイトではないが、千載一遇の機会を逃さなかったのは単に運の力だけではない。
「相手に対して戦法を変えている。次の相手が誰になるかで自分のスタイルは変わっていく」
 どんなボクシングでも柔軟に対応できる懐の深さと、それを遂行できるだけの体力とテクニック。すべての要素が「人生最大のイベント」と位置づけた戦いでひとつになった。
(写真:「最終ラウンドまで持ちこたえたら勝ちだと思った」。下がりながらも有効打を当て、ポイントを稼いだ)

「(タイトルを)獲ったら人生変わるといわれた。どう変わっていくか楽しみです」
 1年前まではほとんど無名だった28歳のボクサーは、一夜にしてスターに成り上がった。派手さはないが、したたかで堅実。今後が楽しみな新チャンピオンが誕生した。 

(石田洋之)