いつのまにか、年末年始は駅伝続きのTV中継。京都の全国高校駅伝から始まり、全日本大学女子選抜駅伝、正月のニューイヤー駅伝、そして箱根駅伝を連日見ていたような気がする。仕事としても、個人的な興味としても、ついつい見てしまうので、この季節は珍しくTVの前で過ごす時間が長くなってしまう。一人で走るマラソンとは違い、選手にかかるプレッシャーが予想以上の力が生み出したり、トラブルが起きたり、様々なドラマが生まれるのが魅力なのだろう。

 

 そんな中で、珍しいトラブルがニューイヤー駅伝で起きた。いや、「起きてしまった」というほうが正確か。先頭グループを走るコニカミノルタの2区ポール・クイラ選手が沿道から飛び出してきた犬に足をとられ、転んでしまったのである。マラソンなどで、他選手と接触して転んだりする例はあるが、観客など外部のものに絡むトラブルは珍しい。恐らく彼も、TVを見ている視聴者も一瞬、なにが起きたのか分からなかっただろう。クイラ選手は転倒後、すぐに立ち上がったが、最終的にはコニカミノルタは優勝したトヨタ自動車に20秒差で敗れた。「あの転倒がなければ~」という声が上がったのも不思議ではない。

 

 このような場合、ルール的にはどうなるのか? 日本陸上競技連盟の規則ブックを見る限り、特に記載はないが、基本的には路上競技において外的な阻害要因は、路上の石ころと同じで特に救済措置がない場合が多い。ヨーロッパで盛んなサイクルロードレースは、街中など人が普段住んでいる生活の中にコースが入っていくものである。それが魅力の一つでもあるのだが、それだけにこの種のトラブルが時折起こる。観客や駐車車両、あげくに牛にぶつかる、道をさえぎられるなども。

 

 世界でもっとも有名な「ツール・ド・フランス」でさえ、優勝争いをしていた選手が観客のカバンに引っかかって転んだり、飛び出してきた犬にぶつかり落車したりしたこともあった。それでも選手やチームは、それに対して抗議は行わないし、大会側もそれほど規制しないのがヨーロッパ流。今でも山岳ステージなどでは選手のすぐ近くで応援する人の姿が見られる。さすがに近年の熱狂ぶりに警備強化をする流れもあるが、基本は観客の常識とマナー、言い換えれば性善説よって支えられている。

 

 観戦文化を根付かせることが大事

 

 もちろん、これを国内にそのまま置き換えられるかというと難しい。安全管理が道路使用許可に直結しているので、主催者もピリピリしているし、そこまで観戦をする文化も日本ではまだ育っていない。つまりどこまで選手に近づいていいのか、何をするのが良くて、何をしてはいけないのか。これを当たり前のように理解している必要があるし、子供のころから家族や仲間から教えてもらうことが慣習となっていなければならない。だからこそ、間近で迫力を感じながら観戦することができるのだ。しかし、日本では規制されるのが当然で、自主性に任されると逆に戸惑ってしまうケースが多い。無理もない。ヨーロッパでは100年前からそんなスタイルで観戦しているのだから可能なのだ。

 

 しかし、ヨーロッパ諸国でも悩ましい問題がある。それはテロの脅威で、今年に入ってからは特に深刻になってきている。世界中が注目し、警備も難しい路上競技は間違いなくターゲットになりうる。大会関係者の苦労は尋常ではないだろうし、関係者として心配は絶えない。やはりスポーツは平和あってこそということなのか。

 

 さて、国内では今回のケースで主催者としてさらなる警備をせざる得なくなるだろう。選手の安全、競技の公正を考えると当然だし、それを否定するものではない。しかし、スタジアムスポーツと違い、目の前を選手たちが駆け抜けていくのが魅力でもあるので、選手と観客の間にどんどん距離が開いてしまうのは残念でもある。これからもスポーツ観戦を楽しむために、スポーツの楽しみ方、マナーを正しく啓蒙していく。そんなことをメディアや学校、競技団体などから発信していく必要があるだろう。ちょっと残念ではあるが、そんな時代と割り切るしかないかと納得させている次第だ……。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


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