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(写真:アメリカの街でもパッキャオ対ブラッドリー戦のポスターを見かけることも少ない)

4月9日 ネバダ州ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

ウェルター級12回戦

 

マニー・パッキャオ(フィリピン/37歳/57勝(38KO)6敗2分)

vs.

ティモシー・ブラッドリー(アメリカ/32歳/33勝(13KO)1敗1分1無効試合)

 

 パッキャオの約11カ月ぶりの復帰戦が来週に迫っているというのに、アメリカ国内にも“Buzz(興奮した噂話)”はほとんど漂っていない。

 

 ボクシング界を引っ張ってきたスーパースターの試合が、ここまで盛り上がりに欠けるのは珍しい。昨年5月のフロイド・メイウェザー(アメリカ)戦が期待外れの内容に終わったこと、最近の同性愛者差別発言でパッキャオのイメージが悪くなったことなどが、クールダウンに拍車をかけているのだろう。

 

 何より、新鮮味に欠ける対戦相手を選んだこともファンのアパシー(無関心)の主要因に違いない。パッキャオとブラッドリーは過去2度対戦して1勝1敗だが、ブラッドリーが勝った2012年6月の第1戦は“疑惑の判定”と騒がれた。実際には2人が戦った全24ラウンド中、約20ラウンドをパッキャオが制したとみられている。そんな相手と、あえてもう一度戦う必要があったのか。

 

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(写真:プロモーション活動の盛り上がりもいまひとつ Photo By Top Rank)

 チケットの売上も停滞気味と聞く。熱気不足のプロモーション活動を見る限り、PPV購買数では不振に終わったメイウェザー対アンドレ・ベルト(アメリカ)戦同様、パッキャオ対ブラッドリー第3戦も興行的な不振は濃厚ではないか。

 

 ただ……イベントの盛り上がりは期待できないにしても、実力者同士のラバーマッチはハイレベルな技術戦にはなるはずだ。そして、実を言うと、筆者は今回はブラッドリーが“真の勝利”を手に入れる絶好のチャンスではないかと考えている。

 

 ブラッドリーは昨年11月のブランドン・リオス(アメリカ)戦からベテラントレーナーのテディ・アトラスと組み始めた。そのリオス戦では9ラウンドで見事なストップ勝ちを収め、バイタリティ溢れる新デュオは相性の良さを感じさせている。メイウェザー戦後に右肩に手術を受けたパッキャオと比べ、近況の良さでは明らかに上である。

 

「初めての対戦から4年が過ぎ、パッキャオのキャリアに2つの負けが加わった。僕はより規律正しく戦うようになって、勝利のチャンスは増したはずだ」

 そんなブラッドリーの言葉にある通り、今回は32歳の黒人ファイターが“規律を守って”戦えるかが鍵になるように思う。

 

 パッキャオとの第1戦の不名誉な(?)判定勝利以降、世間に自らの力を証明するためか、ブラッドリーにはオフェンス偏重の傾向が見られた。おかげで不用意なビッグパンチを貰うシーンも散見するようになった。

 

 特にパッキャオとの2度目の対戦では無闇に振り回しすぎた感があり、その力みが第1戦に続く試合中の足のケガ、ひいては大差の判定負けに繋がってしまった感がある。約2年ぶりに迎える第3戦では、同じ過ちは許されない。

 

 ラバーマッチはブラッドリー有利

 

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(写真:フレディ・ローチ<中央>、テディ・アトラスという両トレーナーの存在も重要になる Photo By Top Rank)

「ファン・マヌエル・マルケス、エリック・モラレス(ともにメキシコ)、メイウェザーといった基本がしっかりした選手たちはマニーを苦しめることができてきた。今回、自分がやらなければいけないことははっきりしている。彼がどんな選手かはもうわかっているからね」

 試合前のブラッドリー本人のコメントからも、目指す方向性が透けて見える。キャリアを積み重ね、厳格なアトラスに師事して迎える今戦では、ブラッドリーは戦い方を変えてくるのではないか。

 

 イメージとしては、ブラッドリーが2013年10月にマルケスを下したときのようなリズミカルなアウトボクシングを展開すれば、パッキャオは苦しくなる。もちろんパッキャオとカウンターパンチャーのマルケスではタイプが違うが、37歳となったフィリピンの雄にはかつての踏み込みの鋭さはない。

 

 ブランク明けで、瞬発力も衰えたパッキャオを相手に、ブラッドリーが出入りの激しいアウトボクシングを展開する。序盤に黒人ファイターがペースを掴めば、中盤以降には回転の速い連打で山場を作ることも可能。そんなシナリオを想定し、現時点で筆者はブラッドリーの小差の判定勝ちと予想する。

 

 もっとも、個人的な心情を言えば、これは外れて欲しい予想でもある。キャラクター的な地味さが消えないブラッドリーよりも、パッキャオが勝ち残り、近未来のより魅力的なファイトに繋げて欲しいというのが正直なところだ。

 

 パッキャオ本人は今戦がラストファイトと主張しているが、誰も信じていないのが現実。特にブラッドリー戦を好内容で勝った場合、メイウェザー戦以降に落ちたパッキャオの商品価値は少なからず回復する。

 

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(写真:宿敵メイウェザー同様、引退後の殿堂入りも確実。そんなパッキャオにまだ力は残っているのか)

 テレンス・クロフォード(アメリカ)との世代交代戦、アミア・カーン(イギリス)とのスター対決、こちらもいずれカムバックが推測されるメイウェザーとのリマッチなど、楽しみな選択肢はまだ残っている。

 

 それらを華やかな舞台で実現させるためには、パッキャオがここで輝きを取り戻すことが必要条件。しかし、すでに2度に渡って事実上勝利した“ライバル”とすら言えない相手に対し、近年はめっきり薄れたパッキャオのキラーインスティンクト(負けん気)と踏み込みは蘇るのか。それが叶わなければ、気力充実したブラッドリーの執念の前に今度こそ屈してしまう気がしてならない。

 

 前述した通り、今戦はパッキャオの“引退試合”にはならないだろう。例えそうだとしても、興行成績まで含めた様々な面で、“一時代の終わり”を感じさせるイベントになる可能性は十分にある。

 

 そういった意味で、パッキャオ対ブラッドリー第3戦はやはり見逃せない。独特の高揚感はなくとも、ボクシングファンにとって、“最後まで見届けるべき一戦”と言えるのではないだろうか。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY
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