「それでも決めないといけない」

 その男は、そう言い切ったという。これ、なかなかいい言葉ではないだろうか。

 

 センバツ高校野球は、ご存知のように、智弁学園の優勝で幕を閉じた。好投手と前評判の高いピッチャーが何人かいたけれども、あれ? 意外にたいしたことないのかな、とやや拍子抜けのすることが多かった。そう感じるのは、まあ、致し方ないことかもしれない。なにしろ、去年は、高橋純平(県岐阜商高→福岡ソフトバンク)がいたからなあ。彼ほど抜きんでた投手はいなかった、ということです。

 

 でも決勝に残った智弁学園・村上頌樹、高松商・浦大輝の両投手は、さすがに下半身を使って腕をしっかり振る好投手だった。

 

 という話と冒頭の言葉は、関係ない。今年のセンバツで、個人的にいちばん印象深かったのは、明石商である。一回戦の日南学園戦は8回、9回と、2イニング連続してスクイズで得点して、3-2のサヨナラ勝ち。9回のサヨナラの場面は満塁からのスクイズで、しかも打者は最初からバントの構えをして打席に入り、3球目に実際にバントして成功した。

 ほほう、久しぶりに、「ザ・高校野球」だなあ、徹底してるなあ、と感じ入ったのである。

 

 一貫していた采配

 

 明石商はベスト8に勝ち進み、三回戦で龍谷大平安と対戦した。延長12回、1-2と惜敗。冒頭の言葉は、その試合後、狭間善徳監督がもらしたものである。

 これには、少し説明が必要だ。

 

 初戦の戦い方でわかるとおり、明石商は徹底してバントを多用してくる。もし1死三塁の場面が来れば、それはもう、スクイズに決まっている、といっても過言ではない。もちろん、相手の平安も、そのことは十分にわかっている。

 まずは1-1の同点で迎えた7回表。明石商は、1死三塁という、まさに絵に描いたような場面を迎える。

 

 カウント2-2となった5球目だった。きたー、スリーバントスクイズ。これを平安のエース市岡奏馬は、「1点取られたら負け。(スクイズの)雰囲気を感じたのでゆっくり足を上げ、三塁(走者)を見ました」(「スポーツニッポン」3月29日付け)という冷静さ(というより技術の高さ)で、左打者・大田亮佑の外角低めにはずし、三振併殺に仕留めたのである。

 

 これが前段である。そして、続く8回表。明石商は無死一、二塁のチャンスをつかむ。打順は1番にもどって大西進太郎。ここでの作戦も、当然ながら送りバントしか考えられない。そう見て取った平安は、猛然たるバントシフトに出る。要するに一塁手と三塁手が打者の目の前までダッシュし、ショートが三塁ベースをカバーする。すなわち、三遊間ががら空きになるリスクをおかしてまで、バント封じに出たわけだ。

 

 そんなことをして、もし打ってきたらどうするの? というのは、この対戦に関しては、無用の心配である。打者はあくまでもバントを試み、結局、スリーバントを失敗して、チャンスは潰えた。冒頭の言葉は、このシーンを指しての、狭間監督のコメントである。続きまで書くと、こうなる。

「それでも決めないといけない。捨て身のシフトだったと思う。平安さんが初出場のチーム相手にああいうことをやってきた。そこは光栄に思う」(「日刊スポーツ・ドットコム」3月28日)

 

 いや、高校野球はバントが本分だ、などと言うつもりはまったくありません。ひたすらバントしてアウトカウントを増やすよりも、投手は強い球を投げ、打者はがんがんスイングするほうが、野球は楽しいに決まっているし、レベルアップにもつながるだろう。近年は、高校野球も、基本的には、その方向に向っていると思う。

 むしろ、明石商のような戦い方は、少なくなりつつあるのではなかろうか。だから逆に面白みを感じたのかもしれない。

 

 狭間監督という方は、明徳義塾でかの馬淵史郎監督の下でコーチを務めたという経歴の持ち主だそうだ。公立校が強豪私学に勝つにはどうするか、というところから導き出された戦法らしい。「スポーツニッポン」落合紳哉特別編集委員の記事が出色だった。

<試合前のノックは、つい引き込まれるほど。監督の「うまくなってくれ」という意思が打球に伝わってくる>(3月29日付け)

 

 それにしても、試合中の狭間監督は、表情豊かに、めまぐるしく動く。甲子園に、またひとり、名物監督が出現した、と言うべきだろう。

 彼は、バントを多用するから面白いのではない。「それでも決めないといけない」と言い切る徹底性、落合記者の言う「意思」の強靱さこそが、魅力なのだ。

 

 勝つための意思、育てるための意思――高校野球であれ、プロ野球であれ、そういう「意思」に貫かれたチーム、あるいは選手には、おのずと魅力が漂う。

 

 打球に宿る意思

 

 センバツは終わり、プロ野球は開幕した。「巨人、強いですねえ。どうしたんですか?」というのが、挨拶代わりになりつつある。なにしろ3月は5勝1敗で乗り切った。それを言うなら、阪神も3勝2敗1分け。ルーキー高山俊、3年目横田慎太郎という新鮮な1、2番が、よく打っている。それこそ、金本知憲監督の「勝つため」「育てるため」の意思を感じますね。

 

 とはいえ、ペナントレースは始まったばかり。これからどんな展開がまっているのか、誰にもわからない。

 

 それならば、少し古い話を持ち出してみよう、3月20日のオープン戦である。ソフトバンク―広島の一戦。カープの先発は、黒田博樹。1回裏のソフトバンクの攻撃である。打席には3番柳田悠岐。黒田も、この強打者に対して警戒しながら追い込んでいく。

 

 最後に投げたのは、おそらく左打者の内角を狙ったカットボールだったのだろうと思う。それが抜けて逆に外角に入っていった。次の瞬間、ものすごい打球が左中間スタンド中段に飛んでいった。この人のホームランになる打球には、他の打者には感じない衝撃がある。それこそ、ボールに飛んでいこうという意思が入っているではないかと言いたくなるほどだ。

 

 じつは、この日、衝撃は2度あった。投手が小野淳平に変わった6回裏、1死一、三塁。打席には柳田。インコースを狙った小野のストレートがシュートして中に入っていく。これはもう、1回裏の打球をもしのぐ衝撃だった。同じく左中間スタンドに飛んでいった。このときのスイングをスロー再生で見ると、インパクトのあとも両肘が体にくっついたまま、いわばハラキリのように回転している。

 

 ここには、徹底して打撃しようとする、終始一貫変わらない、強力な意思がある。その意思が衝撃を生み出している。オープン戦とはいえ、ものすごいものを見た。

 

 野球のプレーとしては、バントとホームランは、真逆といっていいかもしれない。あまりに対照的な高校野球とプロ野球のシーンを取り上げたことになる。ただ、いずれにも宿る強靱さとでもいうべきものが、見るものを引きつけたのは間違いない。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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