ボクシングのWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチが27日、東京・後楽園ホールで行われ、同級4位で挑戦者の佐藤洋太(協栄)が、王者のスリヤン・ソールンビサイ(タイ)を3−0の判定で下し、世界王座を奪った。27歳の佐藤は世界初挑戦でうれしいベルト奪取。これで日本人男子の現役世界王者は史上最多の9名に増えた。
(写真:“無心”で戦ったことが好結果につながった佐藤)
 具志堅用高ら数多くの名ボクサーを輩出してきた協栄ジムにとっては12人目の世界王者。リング上で「新チャンピオン」とコールされた佐藤はうれし涙を流した。
「まさか(タイトルを)獲れるとは思わなかった。うれしいな〜」
 試合後の控室でも腰に巻いたベルトを見つめながら、まだ実感がわかない様子だ。試合内容は「まったく覚えていない」という。
「緊張していたとかではなく、意識してスイッチを切ったんです。今まで練習してきた自分が勝手に動いてくれると信じていました。今までで最高にいいスイッチの切り方ができましたね。だから何も覚えていない」
 
 無心の勝利だった。身長差で10センチ、リーチで18センチ上回る佐藤は、立ち上がりから距離をとって左ジャブを突き、リズムをつくる。2Rにはスリヤンのノーモーションの左フックでぐらつく場面もあったが、試合の行方を決定づけたのは3Rだ。ラウンド終盤にカウンターの右ストレートから連打でダウンを奪う。立ち上がったチャンピオンにさらに追い打ちをかけ、再び右がヒット。「今まで何度も彼がダウンをとってきたパンチ。無の状態でスッと体が入っていた。精神が集中して研ぎ澄まされていたからこそできたこと」と新井史朗トレーナーも納得の動きで、2度、王者に尻もちをつかせた。

 無心の境地に到達できたのも、ハードなトレーニングをこなしてきたからこそ。初の世界挑戦、12Rを戦うとあって、1月から異例の300Rにも及ぶスパーリングを重ねた。「これまでは体力の限界を感じたことはなかったが、今回は初めて、もうできないというところまでやった」と佐藤は振り返る。スパーリングパートナーを買って出たのは同郷(岩手県)の先輩でWBC世界ミニマム級王者の八重樫東(大橋)ら実力者だ。
「スパーリングでも八重樫さんのプレッシャーは半端なかった。スリヤン選手に一番近かった」
 トレーニングの量、質とも万全の準備を整えてリングに上がった挑戦者にもう迷いはなかった。

 試合運びも世界初挑戦とは思えないほど、落ち着いていた。その原点は小学校の時に父から教わった将棋だ。佐藤は「将棋とボクシングは共通項がある」と語る。
「チャンスだと思って、一気に攻めすぎるとバカッとやられる。一手一手駒をはがしていくことが大事。これはボクシングも一緒です」
 序盤のダウン2つは将棋でいえば、相手の飛車角を一気に奪った状態。「ダウンをとって色気が出た。スリヤン選手を調子に乗せた」と中盤以降は接近戦となり、王者のパンチをもらう場面もあった。

 だが、佐藤もしっかりと応戦。「スタミナが切れた」と本人は苦笑いしたものの、手数は最後まで落ちず、適度に距離をとって相手の一発逆転を許さなかった。ジャッジは2ポイント差が2者と接戦でも、一手一手、確実に指し切り、相手玉を詰め切った。

「これまでで一番苦しい試合で、一番うれしい試合でした」
 世界チャンピオンになってもガソリンスタンドのアルバイトは辞めないという。「皆さんの協力があってのベルト。自分のやりたいことは置いておいて、まずはお礼をして回りたい」と姿勢は謙虚そのものだ。後楽園ホールを埋めた満員の観客にも「もっと魅せるボクシングをしたい。もうちょっとお付き合いをよろしくお願いします」と丁寧におじきをした。

 地道に階段を上がってきた“歩”のようなボクサーが一夜で“と金”に成った。今後は王者として、盤上ならぬリング上で挑戦者を“詰める”作業がスタートする。

(石田洋之)