女子レスリングの坂本日登美は51キロ級で世界選手権6度の優勝と無敵の強さを誇っていた。だが、不運なことに51キロ級は五輪では実施されない。階級を上げて、55キロ級で五輪出場を目指すも、アテネ、北京の代表選考につながる大会では、いずれも女王・吉田沙保里の前に敗退。北京五輪後は現役を引退し、コーチ業に専念していた。しかし一昨年、48キロ級に階級を下げて、再びマットに戻る。結婚して姓も小原に変え、世界選手権を連覇。「51キロの坂本日登美とは全く違うレスラーになった」と周囲も驚く進化を遂げ、念願の五輪切符をつかんだ。大舞台に挑む31歳に二宮清純がインタビューした。
(写真:身長は156センチ。小柄な体で世界を制する)
二宮: 51キロ級から48キロ級への転向と口で言うのは簡単ですが、最初は戸惑うことも多かったのでは?
小原: 相手が自分より小さい選手が多くなったので、懐に飛び込まれるのが怖かったですね。逆に相手が小さいので、自分からタックルが仕掛けにくい部分もありました。

二宮: 減量も大変だったでしょう?
小原: そうですね。最初はなんだか体がフワフワして力が入らなかったんです。単に体重が落ちただけでなく、体力も落ちてしまった。それで復帰した年(2010年)のアジア大会は負けてしまいました。このままで五輪は厳しいなと、その時は感じましたね。

二宮: どのくらい体重は落とすのですか?
小原: 多い時で7キロくらいですね。急に落とすのは難しいので、まず脂肪を減らして52キロくらいまでにしておきます。そして残りの4キロを一気に落とす。汗をしっかり出して減量するのですが、最終的には水も食事も摂りません。

二宮: 計量が終わったら、どのくらい体重は戻りますか?
小原: 一晩で、その4キロ分を戻します。いっぱい食べて、実際の試合は52、3キロで臨みますね。

二宮: 小原さんの場合は、減量のみならず、現役を離れていた分、ブランクを取り戻す必要もありました。筋力を強化しつつ、かつ減量するという一見、矛盾するテーマに取り組まなくてはいけなかったようですね。
小原: その点はトレーナーがいろいろ体づくりのメニューを組んでいただきましたね。トレーニングだけではいけないので、普段の食生活から気をつけました。すぐに51キロから48キロに合った体にすることは難しい。ようやく、自分でうまくいったと感じたのは昨年の(優勝した)世界選手権でしょうか。

二宮: 階級を変更すると対戦相手もこれまでとは違います。その研究もされたのですか?
小原: ビデオを見たり、相手の弱点はもちろん研究します。ただ、今は相手のことよりも、私自身がいかに強くなるかを大切にしたいですね。最近は自分の練習や試合を録画して、客観的に観ることもやっています。それで自分のイメージと実際の動きを一致させる。相手が誰でもあっても、自分が一番いい状態であれば勝てる。そう信じて五輪のマットに立ちたいと考えています。

二宮: 世界選手権を連覇して、ロンドンでは金メダルの期待がかかります。これから残りの期間で高めたい部分は?
小原: やはり小さい相手が多いですし、研究もされてきているので、まずは確実にタックルをとること。そして、逆にタックルでポイントを奪われないような受けですね。相手に触られても、懐に入れさせないように切る練習をしていきたいと思っています。細かい技術的なところを言えば、グラウンドの寝技で必ず返せる技をひとつ身につけたいです。
(写真:世界選手権のメダルを手に。残すは五輪の輝くメダルのみ)

二宮: 減量もありますから、体調管理も大事ですね。
小原: ロンドンでマットに立った時に、「ここまでやったんだから大丈夫」と悔いがないように万全の準備をしたいですね。そして、全部の試合が終わったあとでも、「もっと試合したかったな」と思えるくらいのレスリングができればと感じています。

二宮: 五輪で勝つ選手はピーキングが上手です。フィジカルだけでなく、メンタル面も最高の状態に持っていくことができる。
小原: 「金メダルを獲るんだ」と自分の目標ばかりにこだわってしまうと、苦しい時に続かなくなる。やはり、私だけじゃなく、旦那や家族、支えてくれる人がいるんだということを意識して頑張りたいです。金メダルを獲った時に、周りのみんなが喜んでいる姿を想像する。そうすれば、「よし、頑張ろう」という気持ちが沸いてきます。

二宮: アテネ、北京と五輪に縁がなく、ようやくつかんだ出場権です。ロンドン後もレスリングは続ける考えですか?
小原: いや、これが本当にレスリングの選手として最初で最後の五輪だと思っています。五輪でどんな結果であろうと、引退するつもりです。48キロに転向して、これまでにない経験をたくさんしてきました。その分、悩みも多かった。本当に充実した2年間を送れていると感じます。これも、最後の挑戦だと決心しているからこそできているのではないでしょうか。

二宮: 一昨年には元レスリング選手と結婚されました。では五輪後は、ご主人と幸せな家庭を築きたいと?
小原: はい。まさか31歳まで、レスリングをやるとは思いもしませんでした。しかも、この年齢になって、一番レスリングに対して新たな発見もあり、悩みもある。そんな時に、旦那はいろいろと私を支えてくれました。だから、今度は私が支える側に回りたいなと(笑)。

<4月20日発売の小学館『ビッグコミックオリジナル』(2012年5月5日号)に小原選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>