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(写真:優勝したアレックスは19歳。常に進化を遂げている)

 国際スラックライン連盟(WSFed)公認大会である「GIBBON 日本オープンスラックライン選手権大会2016」が3日から2日間、東京・二子玉川ライズで行われた。オープンクラス男子は海外招待選手のアレックス・メイソン(アメリカ)が優勝。女子は須藤美青が初制覇。シニアクラスは田中健雄、ジュニア男子は中村陸人、同女子は田口千夏が制した。

 

「トリックライン」日本最高峰の戦いとなる日本オープン。7回目の今大会はアメリカと中国から4人の招待選手が参加した。特に3人の海外選手が出場したオープン男子はアレックスがハイパフォーマンスを披露。二子玉川ライズに詰めかけた観衆を魅了した。19歳のアレックスはGIBBONインターナショナルプロアスリートの1人だ。

 

“The Machine”のニックネーム通り、表情ひとつ変えずに次々とトリックを決めていく。難度の高い技も彼にかかれば、事なげにクリアしてしまう。対戦相手に与えるプレッシャーは計り知れない。日本オープン制覇を目論む日本人たちを撃破していく。

 

 決勝は17歳の細江樹と対戦した。細江はGIBBON所属ではないが、SLACKLINE INDUSTRIESのインターナショナルプロライダーだ。日米のプロ対決で、先手を打ったのはアレックスだ。縦回転、横回転。優雅にトリックを駆使していった。

 

 高難度の技を序盤から繰り出す。これは海外勢に見られる戦略だという。ジャッジヘッドを務めた峯村俊之は「日本の選手は徐々に上げていく。海外は一発目からやります。遊びがない。日本人はただバウンス(ライン上で跳ねる技)をしていることが多い。それに対して海外の選手は無駄がないですね。ただのバウンスがない。1on1の特徴はアドバンテージをつくることなんです。だから最初に2回転をやると相手へのプレッシャーになる」と語る。

 

 日本初のGIBBONインターナショナルプロアスリートである大杉徹はアレックスと長年凌ぎを削ってきた仲だ。2013年ワールドカップでは優勝を争ったこともある。そんな大杉はアレックスの強さをこう証言する。

「常に最先端の技をやっている。日本人はどちらかというと器用だから、技をコンボでできる。アレックスはそれもできた上で、一個抜けた誰もできない技を常にやっているんです」

 

 高難度の技を惜しげもなく披露し、相手を圧倒する。ワールドクラスの実力をアレックスが日本でも証明した。「とても幸せ。楽しい試合でした」と日本オープン優勝を喜んだ。8年のスラックライン歴を誇るアレックスは自らの長所を「練習をたくさんすること。諦めないこと。楽しむこと」と挙げる。それが「毎年毎年良くなっている」と進化を遂げていることにつながっているのだろう。

 

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(写真:6年前に競技をはじめ、昨年プロライダーとなった細江)

 一方、惜しくも準優勝となった細江は「自分の全力は出し切れたので悔しくはないです」と胸を張った。「歳が近くてすごいライディングをする。あの安定感はすごい」と、対戦相手のアレックスに対して憧れの想いもあったという。決勝ではアレックスに実力を見せつけられたが、細江も縦回転系の技で勝負して高いパフォーマンスで対抗した。

 

 アレックスも「とても礼儀正しく、強いライダー。一緒に戦うのが楽しい」と評する細江に対しては、第一人者の大杉も「センスが良い。他のライダーに比べてメンタルも強い」と称える。日本オープン初制覇は逃したが、準優勝は自己最高成績だ。今後は苦手のひねり技も磨いて、更なるレベルアップを目指す。細江は「楽しみながらやっていけたらいいと思います」と前を向いた。

 

初の“日本一”を手にした心の余裕

 

 女子は3大会連続決勝で敗れていた16歳の須藤が、“4度目の正直”で栄冠を手にした。

 

 準決勝で5連覇中の福田恭巳を破って決勝進出。ここまで3年連続決勝で苦汁をなめさせられていた相手を倒し、4大会連続のファイナルにコマを進めた。

 

 決勝では1歳下の岡田亜佑美と対戦した。今年3戦行われているGIBON CUPでは須藤が東京大会、岡田が山梨大会と長野大会を制していた。今シーズン好調の2人が日本オープン初優勝をかけて戦う。新時代の幕開けを予感させるものだった。

 

 須藤と岡田。2人の勝敗を分けたのは自信だった。須藤は今年からフロッグフリップ(両足を掴んでの宙返り)を演技構成に組み込んでいる。恐怖心から二の足を踏んでいた大技に仲間からのアドバイスで思い切って挑戦。GIBBON CUPや海外の試合でも成功し、今や須藤の代名詞になりつつある。絶対的な武器を携えていることの自信。その姿は決勝でも見て取れた。

 

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(写真:演技中も笑顔が印象的だった須藤)

 岡田がスプレッド(ライン上で前後に開脚する技)を決めた後に、自らもブッダスタンプからスプレッドをやり返した。その時に見せた不敵な笑みが象徴的だった。「これまで彼女は大会で笑顔が少ない印象がありました。でも今年、特に今日は演技中の表情が明らかに違う」とジャッジを務めた峯村は口にする。

 

「自分が勝てるレベルにきても大会で実力が出せなかった」。これまでの須藤に余裕がなかったとも言える。「周りの仲間がいて落ち着いてやることができました」と周囲に感謝する。世界ランキング1位にも輝いたことのある須藤が、ついに日本一の称号を手に入れた。

 

 スタートラインに立った者

 

 6連覇を逃した福田は、3位に入って日本オープン全戦入賞と意地を見せた。昨年の日本オープンは苦しみながらもギアを上げての勝利だったが、今年は最後まで歯車は噛み合わなかった。

 

 同じ衣装で臨むなど験を担ぐタイプの福田だが、今年は思い切って服装も変えた。ショートパンツとストッキングスタイルから、ハーフパンツスタイル。伸びてきた髪をまとめるために赤いバンダナを巻いた。“いつでも素敵なパフォーマンスをやりたい”との想いの表れだった。

「せめて年に1回のお祭り。とりあえず精一杯、本気でやることが目標でした。勝つことにとらわれて、“スラックラインしたくない”と思うことは2、3年前からあった。今年はずっと2位、3位できていたので開き直って、一番のパフォーマンスをするというだけでした」

 

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(写真:須藤<右>との対決では第一人者の意地も見せた)

 だが左膝の負傷もあって調整不足は明らかだった。身体つきもいつもより細いように映った。それでも須藤との準決勝では1発目のターンで、福田らしい体線のキレイな演技を披露した。しなやかで美しいパフォーマンス。女王としての意地がそこに詰まっていた。だが、ここまでが限界だった。この時の福田に一発逆転の武器はなかった。

 

 福田は昨年の日本オープンから公式戦で勝てていない。本人は苦悩を振り返る。

「5連覇した後から、ずっと1位を獲れていない。去年から私がトップでいれる時代は、そろそろ終わるなというのは分かっていました。この1年間は結果も出ないし、(須藤)美青ちゃんとあーちゃん(岡田)が上手くなってきていた。でも、それに飲まれ過ぎて自分のパフォーマンスができないのは良くない。自分を高めていきたい思いはありましたし、そこに葛藤も……。勝てないけど、頑張らなきゃいけない。負けるのも嫌。今年1年はしんどかったです」

 

 日本オープンでの敗戦は初出場以来6年ぶり。ようやく肩の荷を下ろせるのかもしれない。女王の座を降りての景色はどんなものか。

「今年1年間はいろいろな方向性を考えていました。トリックラインはケガも多かったので、限界もある。でも、まだやりたい。他のラインもやりつつ、もうちょっとトリックを長くできる身体を作っていきたいです。そして“Yukimi”(福田の愛称)というブランドを競技以外でも確立していきたいと思っています」

 負けを知って強くなるアスリートもいる。福田は新たなスタートラインに立ったのかもしれない。

 

 主な結果は次の通り。

 

<オープン男子>

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(写真:優勝したアレックスの他、中国勢3人の選手が大会に参加)

優勝 アレックス・メイソン(アメリカ)

2位 細江樹

3位 木下晴稀

4位 河合稀一

 

<オープン女子>

優勝 須藤美青

2位 岡田亜佑美

3位 福田恭巳

4位 田中咲希

 

<シニアクラス>

優勝 田中健雄

2位 青木勝郎

3位 舛岡広一

3位 佐々木康之

 

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(写真:ジュニア男子を制した中村<左>。若手の活躍も競技の底上げにつながる)

<ジュニア男子>

優勝 中村陸人

2位 田中健介

3位 竹部叶大

3位 林映心

 

<ジュニア女子>

優勝 田口千夏

2位 岡田捺瑠美

3位 佐々木燈

3位 舛岡心音

 

(文・写真/杉浦泰介)